ピックアップレポート
2026年10月13日
琴坂 将広著『経営戦略の進化<理論編>』
AI技術の進展や環境変化が経営の前提を揺さぶる中、従来の経営戦略論だけでは捉えきれない課題が増えていると感じる方も少なくないと思います。今回ご紹介する『経営戦略の進化<理論編>』は、経営戦略の源流から最新潮流までを体系的に示すことで、混迷の時代の経営に役立つ新たな視座を与えてくれます。そこで本書の構成と共に、核となる第III部より、既存理論の限界を新潮流がいかに補完し、経営戦略の進化を後押ししているのかをご紹介します。
経営戦略は、理解が難しい。教えるのも難しい。
組織全体の方向性を定め、行動し、結果を出すという行為は、総合格闘技である。究極的には、あらゆる組織的活動は、経営戦略の一端を担うと言ってもよい。そう考えれば、経営戦略の理論の体系化という作業の困難は言うまでもない。
2018年に刊行した前著『経営戦略原論』もそうであったように、多くの経営戦略論の書籍は、ポーター、バーニー、それ以降の展開に明確な軸を提示していない。もしあるとしても、知識ベース理論やダイナミック・ケイパビリティへの発展であったり、持続的競争優位の確立の困難を背景とした、状況適応型(アダプティブ)の打ち手を推奨する書籍、または一時期に経営戦略論においても議論が活発化したゲーム理論を取り扱う書籍など、千差万別、十人十色の理解が併存している。
私は、こうした状況に大きなフラストレーションを感じ、より包括的な理解の視座を提示すべく思考を重ねてきた。その成果が『経営戦略の進化<理論編>』である。
本書は、有史以前から最新の理論までを3部構成で俯瞰する。
第I部 経営戦略の形成 ―紀元前から1960年代まで
第II部 経営戦略の理論化―1960年代から2000年代まで
第III部 経営戦略の探索と深耕
経営戦略の全体像を提示しつつ、特に第III部において、従来の教科書では十分に扱われてこなかった最新の研究潮流を新たに書き下ろし、体系的に解説することを試みた。読者が経営戦略の歴史的発展と現代的課題の双方を理解し、より包括的な視座から経営戦略を考えるための一助となればと願っている。
本書の構成
第I部 経営戦略の形成 ―紀元前から1960年代まで
経営戦略という学問領域は、まだ半世紀ほどの歴史しかない。しかし、経営戦略という行為や、それを指し示す概念は、太古の昔からすでに存在する。 経営戦略の本質を得るためには、まずその歴史をひも解き、その概念の多義性を理解するのが賢明である。
第I部では、まず経営戦略という言葉の定義を多面的に把握する。それにより、なぜ多くの実務家が経営戦略の学術研究を役立たないと考えるのか、また、研究者が実務家の語る経営論に対して強い関心を抱かないのかを理解する。そのうえで、経営戦略の言葉、概念の起源にさかのぼる。そこから経営学の黎明期まで、発展の系譜を読み解く。
第II部 経営戦略の理論化―1960年代から2000年代まで
経営戦略の黎明期は、20世紀中頃であった。大規模化する組織の効率的な運営のために、予算管理をはじめとする経営管理がその重要性を増した。経済変動の不確実性が高まり、また事業の複雑性が高まる中、組織運営における戦略計画の重要性も理解されるようになる。
第II部では、研究分野としての経営戦略が確立されて以降、それぞれの時代を風靡した諸概念を概観する。 マイケル・ポーターやジェイ・バーニーなど、代表的な概念を個別に詳細に解説するのではなく、つながり合う理論の系譜の一部と捉え、その進化の過程を描写することから、社会科学としての経営戦略がどのように理論的な発展を遂げるかを解説する。
第III部 経営戦略の探索と深耕
21世紀に入り、経営戦略研究は大きな転換点を迎えた。SCP理論、資源ベース理論、ダイナミック・ケイパビリティといった主要理論体系(本書では第II部で検討)が一定の完成を見る一方で、これらの抽象度の高い概念では捉えきれない現象や、実証困難性といった新たな課題が顕在化してきた。
同時に、行動経済学や心理学の知見が経営学に波及し、人間の認知的限界や非合理性を考慮した理論構築の必要性が高まった。
第III部では、既存の戦略理論体系が一定の成熟を見た2010年代以降に台頭した4つの新潮流を体系的に検討する。これらは従来のマクロレベルの分析を補完・発展させ、より実証性の高い理論構築と実践的示唆の創出をめざす研究群である。これらのアプローチは、戦略研究における新たなパラダイムとして、理論と実践の架橋を促進する重要な役割を担っている。
4つの新潮流(第III部 経営戦略の探索と深耕より)
従来の外部環境分析と内部環境分析を軸とする二項対立を越えて、どのように新たな経営戦略を体系化したか、第III部より4つの主要潮流の核心を紹介する。
- 「実践・行動としての経営戦略」
- 「多層的境界の戦略」
- 「非市場・制度戦略」
- 「アルゴリズムとロボティクスによる新時代」
これら4つの潮流は、いずれも従来理論では十分に説明できない現象を扱う。確かに、これらの要素は既存理論においても一定程度言及されていた。しかし、理論構築の前提や成立の経緯において、既存理論では説明力を十分に拡張しがたい要因であった。ここではこれらが誕生した背景、理論的射程、相互補完関係を俯瞰する。
1.「実践・行動としての経営戦略」
実践・行動としての経営戦略は、個人の認知や行動、日々の戦略実践に踏み込み、戦略がどのように生まれ、実行されるかを探る研究潮流である。
ここには、組織能力を個人や集団の相互作用から説明するミクロ的基盤の研究、心理学の知見を取り込む行動戦略、共有された社会的実践に着目する「実践としての戦略(SAP)」が含まれる。
背景には、主要理論の成熟による抽象化と実証困難性の顕在化という根本的な課題があった。資源ベース理論やダイナミック・ケイパビリティといった戦略論の中核理論が一定の完成を見る一方で、それらの概念は抽象度が高く、理論的メカニズムの曖昧さや経験的検証の困難さが次第に指摘されるようになっていたのである。
同時に、経済学領域における行動経済学の発展が戦略研究にも波及し、従来の合理的経済人モデルでは説明しきれない経営者行動を理解する必要性が高まった。
2000年代中頃には戦略を組織が「持つ」ものではなく「行う」ものとして捉える実践としての経営戦略 (SAP: Strategy-as-Practice) 研究が確立され、2010年代に入ると限定合理性、認知バイアス、ヒューリスティクスといった概念を戦略意思決定に組み込む行動戦略(Behavioral Strategy) 研究が体系化された。
これらの研究は、組織内部に存在する経営戦略策定と実行の微細なプロセスにまで踏み込んだ理解を確立しようとする試みとして、多種多様な研究を生み出している。特に、持続的競争優位という概念そのものの再検討も進み、変化の激しい環境下では一時的優位の連続的創造こそが重要であるという新たな理解が浸透しつつある。
こうして形成された実践・行動としての経営戦略は、従来のマクロレベル分析では捉えきれない現象の根源的メカニズムを解明し、戦略研究の実証性と実践的含意の両立を図る重要なアプローチとして現代戦略論における地位を確立した。
2.「多層的境界の戦略」
組織の多層的境界の戦略(Strategy for the Multi-layers) は、関係ベース理論がもたらした新潮流である。
この研究潮流の核心は、SCP理論と資源ベース理論の対立が生み出した理論的空白―外部でも内部でもない「間」の領域―を体系的に理論化し、企業と市場の「あいだ」 に位置するデジタル基盤や共創的ネットワークを分析対象として競争優位の新たな源泉を探求することにある。
この潮流の理論的起源は、1990年代後半のジェフリー・ダイアーとハルビール・シンによる関係ベース理論の登場にある。彼らは従来の分析単位を「産業」や「企業」から「企業間関係そのもの」へと根本的に転換させ、パートナー単独では創出不可能な「リレーショナル・レント」という独自の価値創造概念を提示した。
この理論的革新により、競争優位の源泉が企業内部の資源でも外部の産業構造でもなく、企業境界をまたぐ関係性そのものにも存在することが示された。
関係ベース理論を議論の出発点として、2000年代以降に3つの主要な中間構造戦略が並行的に発展していった。
エコシステム戦略は、産業境界の再定義や価値共創のルールメイキングを焦点とし、価値提案を中心とした多者間の整合構造の設計を戦略の核心に据えた。
プラットフォーム戦略は、ネットワーク効果、補完財、ガバナンス設計を中心課題とし、多数の異質な参加者が関与する大規模な価値創造システムの理論化を進めた。
コミュニティ戦略は、非階層的協働とモチベーション設計を扱い、価値観と内発的動機による自発的協調を戦略資源として位置づけた。
3.「非市場・制度戦略」
非市場・制度戦略 (Strategizing Non-market and Institutions) は、制度ベース理論 (IBV: Institution-Based View)がもたらした新潮流である。
この研究潮流の核心は、企業が市場そのものを形作るルール・規範・文化を、能動的に形成・変革することで競争優位を確立するという戦略的アプローチにある。
この潮流の理論的起源は、1990年代以降の新興国経済の急速な伸張による制度多様性の認識にあった。デヴィッド・バロンが提示した統合戦略の概念や、クリスティーン・オリバーが提唱した「制度」の戦略論への応用を出発点として、経営戦略の論壇に取り込まれていく。
特に2000年代以降に情報通信技術の分野で創業した数多くの新興企業が、製品市場での競争ではなく、非市場、すなわち、市場外での規制当局との規制緩和交渉や、既存勢力との政治的な交渉の優劣によってその興亡が左右されていた現実を背景として、数多くの研究が進んだ。
オリバーは、資源ベース理論に制度論の視点を組み合わせ、資源の選択や活用が制度的な文脈に左右されることを論じた。
マイク・ペンらは、産業ベース、資源ベースに加えて制度ベースの視点を「第3の脚」とする「戦略トライポッド」を提示した。これにより、企業は外部環境を所与の制約として受け入れるのではなく、環境そのものを設計・変革する主体として再概念化されたともいえる。
制度的起業家精神や制度的ワーク理論の発展も相まって、企業が制度環境の受動的適応者から能動的設計者へと転換する理論的基盤が確立された。
この研究潮流は、現代の複雑な競争環境においてきわめて重要な意義を持つ。デジタル変革、AI規制、ESG要請、地政学的変動といった現代的課題はいずれも制度的対応を要求している。
4.「アルゴリズムとロボティクスによる新時代」
アルゴリズムとロボティクスによる新時代 (A New Era by Algorithm and Robotics) は、 イノベーション研究と源流を同じくしながらも、生成AIやフィジカルAIの急速な進化により誕生した新潮流である。
この研究潮流の最も根本的な特徴は、経営戦略理論が長年前提としてきた「人間中心性」そのものに挑戦を突きつけることにある。戦略を策定するのも人間、実行するのも人間、評価するのも人間という基本的前提が、アルゴリズムによる認知限界の突破とロボットの組織メンバー化により、根底から揺らいでいることが、議論の出発点である。
この潮流は、シュンペーター以来のイノベーション研究につながる。技術革新が産業構造と企業資源の双方を変容させるという視点は、外部環境と内部資源の二項対立を超えて、競争優位を捉える手がかりとなる。
2010年代に第4次産業革命として概念化された新技術群の実用化は、リアル空間情報の動的活用、仮想空間シミュレーションの商用化、個客対応の大規模展開を可能にし、従来とは質的に異なる経営様式の基盤を構築した。
決定的な転換点となったのは、2017年のTransformer 論文の発表とそれに続く大規模言語モデルの発展である。トランスフォーマー型アーキテクチャは、注意機構を中心に据えることで並列処理を容易にし、学習効率と翻訳などの言語処理性能を大きく高めた。
さらに2022年11月末のChatGPT一般公開は、技術革新の速度そのものを根本的に変える触媒となり、アルゴリズム開発の民主化と加速を同時に実現した。この変曲点以降、生成AIは単なる新技術ではなく、戦略策定プロセス自体の自動化・高度化を推進する変革主体として機能し始めている。
アルゴリズムは主として認知的・情報処理的側面で戦略理論に革命をもたらす。
機械学習アルゴリズムは、大量の情報からパターンを見出し、多数の選択肢を比較することで、人間の分析や探索の範囲を広げている。ただし、その有効性は、利用するデータやモデル、目的の設定、結果を評価する仕組みに左右される。
一方、ロボティクスは組織的・実行的側面で変革をもたらし、単なる「道具」から組織の「メンバー」として自律的判断と学習を行う存在へと進化している。この融合は、戦略の策定と実行の境界を曖昧にし、結果を次の判断へと素早く反映する循環を可能にする。ただし、どこまで人間の介入を減らせるかは、成果の評価可能性や損失の範囲、責任の所在といった統治の条件に左右される。
こうした変化を捉える研究は進みつつあるが、理論的な整理はなお途上にある。
この変革が経営戦略研究に突きつける課題は、単に新しい現象を分析することにとどまらない。むしろ、「複雑・高速・非人間」を前提とした理論の根本的再構築が求められている。データ、モデル、実験が融合する新たな研究手法、バーチャル融合による仮想と現実の統合分析、人間とアルゴリズムとロボティクスが協働するハイブリッド実行理論の構築といった、従来の経営学の境界を越えた学際的アプローチが不可欠となっている。
従来の戦略論の前提を問い直す
これら4つの研究潮流は、表面的には異なる現象を扱いながらも、深層において共通の理論的課題に取り組んでいると私は考えている。理論と現実の乖離を埋めるために登場した知的応答として理解でき、従来の戦略論の暗黙の前提を突き崩し、より複雑で多元的な経営戦略論の可能性を提示している。
これら4つの潮流は、個人の認知と実践、企業間の関係、制度、そして人間以外の戦略主体へと分析の視野を広げる。既存の理論にこうした視座を重ねることで、複雑化する経営の現実を、より多面的に理解できるようになる。
『経営戦略の進化<理論編>』(東洋経済新報社2026年4月)のはじめにと第III部を中心に著者と出版社の許可を得て抜粋・編集しました。無断転載を禁じます。

琴坂 将広 (ことさか・まさひろ)
慶應義塾大学総合政策学部 教授
博士(経営学・オックスフォード大学)。小売り・ITの領域における3社の起業を経験後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京およびフランクフルト支社に勤務。同社退職後、オックスフォード大学サイード・ビジネススクール、立命館大学経営学部を経て、2016年より慶應義塾大学総合政策学部准教授、2025年より現職。オックスフォード大学サイード・ビジネススクールのアソシエイトフェローも務める。
東京大学社会科学研究所客員研究員、フランス国立社会科学高等研究院アソシエイトフェロー、一橋ビジネススクール特任准教授等を歴任。上場企業を含む数社の社外役員・顧問を兼務。最新著に『経営戦略の進化〈理論編〉』(東洋経済新報社、2026年)がある。
登録
登録






