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組織のインターアクションに関する研究

2010年02月09日

三橋 平
T慶應義塾大学商学部准教授

「兎角にこの世は住みにくい」

 「私は大学に籍を置く研究者で,その使命は,完成度の高い理論構築と信頼性のある分析を通じて最先端科学を切り開き,国際的な場面での学術論文発表を行うことで,世界の知力を高めることにあると考えています。そして,この考えを貫くことが,プロフェッショナルとしての信条だと考えています。」と,かっこよく書き始めてみましたが,多くの方々と同じように,自分の考えに反した仕事もヒィーヒィー言いながらやらなければならないのが現実です。事実,このメルマガ原稿の執筆は,その1つです。このメルマガには,自分の研究分野とプロジェクトの紹介を書いたらどうか,と言われたのですが,何でも書いていい,とも言われたので,まずは,この原稿を書くことになった経緯から説明させてください。

 このメルマガの編集を担当されているのはiさん。彼女とは,大学学部時代の同期ですが,在学時は全く面識もありませんでした。昨年,何かの折に職場の同僚がiさんを紹介してくださり,その後,何かの席で2度ほどご一緒した,という間柄です。そのiさんから,1月中旬に『ちょっとご相談』というタイトルのメールで,この依頼を受けた訳です。執筆に対して金品の授受があるわけでもないし(たぶん),広く一般の方のお役に立てるような仕事をしてきていない私にとっては,優良読者層を抱えるメルマガ記事の執筆はかなりのプレッシャーです。

 しかし,「iさんを交えた席では,私はいつものごとく品のない話を大きな声でしてしまったのではないか,今日こそ,その貸しをお返しできるのではないか」と律儀に考え,さらに,ここで依頼を断ってしまうとiさんを紹介してくれた職場の同僚に告げ口をされ,その同僚との関係が悪くなるだけでなく,職場での評判も悪くなってしまうのではないか,と思い悩みました。

 さらに気になったのは,『ちょっとご相談』というメールのタイトルです。本格的なお願いではなく,本当につまらない,些細な相談,ということです。この「ちょっと」という言葉は曲者です。例えば,贈り物をする時に,「ちょっとしたものですが」という言葉を私たちは使います。これは,贈り物を貰ったので,返してもらうことを義理として期待はしているが,返すことを負担に思って欲しくない,だから,「ちょっとした」ものなので,返す時も気楽にね,という意味なのです。iさんの『ちょっとご相談』という言葉の裏には,「確かに厄介事であれば断れるでしょうが,些細な頼み事ぐらいは聞いてくれるよね,多少は迷惑かけられたし,同期だし,共通の知り合いもいるし」というしたたかな考えが,私にはチラチラと見え隠れしてしまうのです(もちろん,私の憶測です)。こうなった以上は,悶々と断る理由をブレイン・ストーミングするより,書いた方が早いと判断し,今こうしてキーを叩いています。

 私たちの行動や,その行動がもたらす成果,業績,成績は,自分次第で決まる,と考える方が少なくないと思います。伝統的な経済学では,個々人が効用関数を最大化するために合理的な意思決定を独立に行う,という前提で議論が進められていました。また,伝統的な心理学の分野では属性主義の考えが支配的で,性格(パーソナリティ)や生まれ持った傾性(ディスポジション)が人間行動を説明する,としています。しかし,上に述べた私の例を出すまでもなく,なぜこういう行動をとるのか,なぜこういう選択や意思決定をしたのか,そして,なぜこのような成績をあげることができたのか,は,他者とのインターアクション(相互作用)によって決定されることが少なくありません。私の使命はこうだ,とグダグダ言ったところで,結局,他者から影響と制約を受けて,この原稿を書くことになるのです。逆に,iさんのように,インターアクションを上手に活用することにより,他者を自分自身の思い通りに動かし,自身に有利な場面を作り出すことができるのです。インターアクションを理解すれば,より世界を正確に,そして包括的に把握することにつながり,場合によっては,自らの目標達成にも役立てることができます。

マクロ組織行動論の研究

 個人間のインターアクションは,主に社会学や社会心理学分野の研究対象となりますが,社会には,個人間だけでなく,国家間やコミュニティー間,そして,企業などの組織間のインターアクションも存在しています。私の専門は,マクロ組織行動論やマクロ組織論と呼ばれるもので,この分野の目的は,組織の行動,意志決定,パフォーマンス(業績・成績)をインターアクションや社会ネットワークの観点から説明しようというものです。組織間のインターアクションには,協力,競争,参照,パワー,模倣,信頼,支持,資源供給,ステータス,学習,などがあります。個人レベルと同じように,組織の行動や意思決定も様々なインターアクションによる制約を受けますが,一方で,この効果によって企業の成長やイノベーションを促進することもあります。ここでは,レッド・クィーン効果と呼ばれる理論の紹介を通じて,この点をみていきましょう。

 企業の成功要因を特定するというテーマには,様々な分野の多くの研究者が取り組んできました。一般の方に馴染みがあるものの1つとして,資源ベース論という考え方があります(。ある企業が他社よりも競争優位性を持つのは,保有する経営資源が,VRIO(価値,希少性,模倣困難性,組織)の条件を満たしているかどうかで決まる,というものです。よく使われる例ですが,米国サウスウエスト航空は,ユニークな組織・人事システムの構築を通じてこの条件を満たす人的資源を開発,保有し,その資源を最大限活用できる企業戦略を採用している,と言われています。この資源ベース論によれば,企業の成功は,その保有する内部資源の特徴にある,ということになります。

 一方,レッド・クィーン効果の理論は,企業の持続的な競争力は,互いに切磋琢磨できるライバルの存在によって高まる,と主張します(詳しくは,Barnett and Hansen (1996 Strategic Management Journal)をご参照ください)。そのロジックは次のようなものです。企業の競争優位性は,一晩で築かれるものではなく,試行錯誤の長期的な積み重ねによるものです。専門の言葉で言えば,学習を通じて今あるルーティーン(決め事)を変えることで競争優位性が得られることになります。ルーティーンには,マニュアルや標準作業手順書のような現場レベルの「決め事」だけでなく,「わが社のやり方」,「わが社の方程式」という戦略レベルでの「決め事」も含まれます。ルーティーンの変更は,非常に面倒な作業です。新しいルーティーンが何なのか分からない。そのルーティーンがいいかどうかも分からない。ルーティーンを変えず,前例に頼った方が考える負担が少ないため,余程の時でない限りはルーティーンを変えることはないのです。

 では,この余程の時とはいつなのか?この理論では,なんらかの理由で,ライバル企業よりも業績が落ち込んだ時だと考えられています。この時,自社の危機意識が高まり,敢えてリスクを冒してでも面倒なルーティーンを変えようとするのです。ルーティーンの変更は,そもそもライバル企業に負けないために始めたものですから,ライバル企業に肩を並べるか,もしくは,上回るまで続けられます。ようやくキャッチ・アップに成功すると,今度は,その成長がライバル企業にとっては脅威となり,ライバル企業によるルーティーンの変更,キャッチ・アップの試みへとつながっていきます。そして,さらにライバル企業がキャッチ・アップに成功すると,今度は自社の番になる,という無限ループが続くことになります。

 このレッド・クィーン理論では,企業はライバルとともに共進化するものであり,自己強化的な学習を通じてその競争優位性が構築される,と考えられています。やや古い例になりますが,トヨタと日産,ソニーと松下,少年ジャンプとマガジン,これらの切磋琢磨の関係は,互いが互いを伸ばし合うことにつながっていたように思います。ただし,いかなるライバル関係も吉とでる訳ではありません。競合関係によって自社が淘汰されれば,それは共進化にはつながりません。したがって,程々に手強いライバルだけが必要なのです。また,ライバル企業との関係が長期間にわたる場合,ライバルから受ける刺激や,ライバルに与える刺激が古臭くなると言われています。そのようなライバル関係は,時代に即した共進化につながらないことが発見されています。例えば,御三家ホテルといえば,帝国,オークラ,ニューオータニで,これらのホテルは互いが互いを意識し,切磋琢磨を通じて日本を代表するホテルまで成長しました。しかし,2000年代前半に東京市場に大量参入した外資系ホテルに対して有効な対抗策を迅速に打てず,苦境に立たされました。これは,あまりにも長い競合関係の結果,互いに与え合う刺激が古臭くなってしまった結末と考えられるのです。

 企業成長の理論と言えば,資源ベース論のように,内部資源の特徴,人材,経営者のリーダーシップ,組織文化,イノベーションの仕組みなど,どちらかという組織の内部に関するものに注目が集まりがちです。実際,書店で並ぶ経営学の本の多くはその類のものが多いのではないでしょうか。これは,私たちの行動や,その行動がもたらす成果や業績は自分次第で決まる,という自己中心的な発想と合致します。しかし,レッド・クィーン効果が示唆するように,内部要因だけで組織の行動や成長を説明するには限界があるのも事実です。マクロ組織行動論やマクロ組織論と呼ばれるでは,この点を補完し,より正しい形で組織に関する現象を解明しようとしています。

ほぼ同じ経験バイアス

 最後に現在私が取り組んでいるプロジェクトの1つを紹介します。このプロジェクトでは,高信頼性組織における代理学習失敗のメカニズムを明らかにしようとしています。高信頼性組織とは,病院,原子力発電所,エアライン企業,鉄道会社,石油化学プラントなどの,常に高い信頼性と安全性が要求される組織を指します。組織の学習とは,効率性や安全性の向上を意図した,ルーティーン=「決め事」の改訂,改変を意味し,高信頼性組織では,運転・保安・保全の取り決めやマニュアルの改善を通じた安全運行率の上昇,事故件数の低下,という形で表れます。

 組織の学習パターンには,大別すると2つあります。1つは,経験学習と呼ばれるもので,あれこれ試行錯誤を繰り返し,失敗を積み重ね続けることで,より望ましいルーティーンを見つける方法です。もう1つは,代理学習と呼ばれるもので,他の組織の試行錯誤を外部から観察し,そこから,どうすればうまくいくかを盗み,学習するパターンです。他の組織が自らの代理として経験したことから学ぶので,代理学習と言います。高信頼性組織における試行錯誤による失敗は,人命に甚大な影響を及ぼします。試しに整備マニュアルをこう書き変えてみて,エンジンが脱落しないかどうかを見てみよう,という訳にはいきません。そのため,経験学習を通じてではなく,代理学習からいかにより多くのことを学べるのかが重要となるのです。

 従来の研究では,以下のことが発見されています。(1)他の組織の失敗をより多く観察すればするほど,組織は失敗を回避することができる,(2)様々な他の組織から学ぶことができるが,特に,自らと類似した特徴を持つ他の組織の経験は,より有益な示唆を与える,逆に,異なる特徴を持つ他の組織の経験は,無害であるか,悪ければ,有害な教訓を与える場合がある,(3)組織は常に他の組織から学ぼうとしている訳ではなく,自らの業績が危機的な状況にあり,他から学ぶ必然性が高い場合に他の組織の経験に注意を払う傾向がある。その他の発見もいくつかありますが,どうすれば代理学習を通じてより多くのことを学べるか,という問に対しては,まだまだ分かっていないことが少なくありません。

 私のプロジェクトでは,「ほぼ同じ経験バイアス」という現象を理論化し,データを用いて検証しています。組織が,他の組織の失敗,例えば,エラーやアクシデントなどから学習するためには,まずは何はともあれ,それに注意を与えることが必要となります。もちろん事故がもたらす物理的,人的な被害が大きければ,それに対して注意を与えることは自然ですが,そこまでに至らない事故の方が実際は多いのです。また,使える時間と資源には限りがあるため,全ての事故に対して注意を向けることは難しく,取捨選択が迫られます。

 他の組織の事故に対して注意を向けるかどうかの基準は,既に,その事故と同じものを過去に経験したか,もしくは,観察済みなのか,にあります。すでに,その事故に関する対応策を自社で取り込んでいたのであれば,改めて注意を払い,原因究明と対応策を精査しても,得られるものが限られてしまいます。一方,今まで出くわしたことのない性質の事故であれば,まだ自社に取り込んでいる可能性が低く,教材となる価値が高くなります。

 問題は,グレー・ゾーンにある事故,例えば,過去に出くわした事故とほぼ同じような事故,です。人間は,考えたり,情報処理を行う能力に限度があるため,認知資源の節約家と呼ばれています。キャパシティーには限りがあるため,出来る限りシンプルに物事を考えたい,なるべく問題を簡便化したい,というのが人間行動の原則の1つです。仮に,過去に出くわした事故とほぼ同じような事故を,新種のものとして注意を払い,精査を行えば,非常に多くの労力と時間が費やされてしまいます。細かく1つ1つのケースを精査することは,取捨選択の簡便法を取り入れる意味を無くしてしまいます。そのため,若干異なるが,ほぼ同じ事故については,ちょっと位の違いには目をつぶり,過去に出くわした事故と近似させ,「学習済み」カテゴリーに納めてしまう傾向があるのではないかと考えました。これを,「ほぼ同じ経験バイアス」(almost identical experience biases)と名付けています。

 もし,「ほぼ同じ経験バイアス」が本当に存在するのであれば,他社のある事故が,過去に出くわした事故とほぼ似ている時には,注意を払いません。そして,特別な精査を行わないため,代理学習も発生しません。そして,代理学習が行われていないことは,自社でもそれと全く同じ事故を後日犯してしまうことで確認できます。このような仮説に基づき,ある業界で約40年間に発生した700件強の事故を分析したところ,他社が起こした事故を,ある組織が後に繰り返してしまう確率は,過去にその事故とほぼ同一の事故に多く出くわしていると,より高くなることが発見されました。つまり,ほぼ同じ経験は,同じ経験として近似され,教材としての価値が無視されていた,それが,業界内での事故の再発につながっていた,ことになります。そして,その原因は,その組織で働く人々の悪意や傲慢,不注意によるものではなく,人間の認知資源の節約家という逃れられない習性から来ていると考えられるのです。

 この結果から,(1)「他社で発生したアクシデントを既に自社は取り込んでいるのか」の判断は非常に重要である,この取捨選択に多くの資源を投入することは合理的である,(2)現在行われている事故の類型化,データベース化は意味があるが,類型化の基準が粗いとほぼ同じ経験バイアスの発生が考えられる,ただし,基準があまりにも細かいと類型化の意味が失われるため,その最適化を図る必要がある,(3)既に取り込んでいるのではないか,以前出くわしたものとほぼ同じではないか,という事象に対しては,特にレッドフラッグを立てないと取りこぼす可能性が高い,という3つの含蓄が得られると思います。

おわりに

 私の研究だけでなく,マクロ組織論という研究分野も日本ではまだまだ発展途上の段階です。このレポートを通じて,インターアクションやネットワークという視点に多くの方に関心を寄せて頂ければうれしく思います。また,私の研究成果等は,慶應義塾大学商学部内のホームページを通じて情報発信しておりますので,ご興味のある方はぜひお立ち寄りください。研究を進める上でのヒント等もいただければありがたく思います。

三橋 平(みつはし ひとし)
慶應義塾大学商学部准教授
http://fbc.keio.ac.jp/~mitsuhashi/jindex.html
慶應義塾大学総合政策学部卒業。コーネル大学大学院産業労働関係研究科にてPh.D.(組織行動論)取得。筑波大学社会工学系准教授を経て,2008年より現職。専門は,マクロ組織論,特に,組織の社会的ネットワーク,組織学習,戦略的意思決定分野の計量分析を通じた理論的研究。2008年アメリカ経営学会優秀論文賞。Academy of Management Journalなどの経営学分野トップジャーナルに論文多数。

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