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『思想する住宅』

2013年10月08日

林 望; 出版社:東洋経済新報社; 発行年月:2011年9月 ; ISBN:978-4492044384; 本体価格:1,575円
書籍詳細

この度、家の建て替えに携わる機会を得た。夫の実家の建て替えなのだが、母一人では大変であり、将来の同居も見据えて我々夫婦も計画当初からかかわることにしたのだ。
私自身は、生まれてから集合住宅以外住んだことがない。だから、一戸建ては自由に設計できるといわれても、よくあるマンション風の間取りしか思い浮かばない。夫が住宅に関する書籍をいくつか購入していたので、とりあえずその中からアイディアを探してみることにした。ピックアップした本の目次をパラパラめくっていくと、「南を向いた家が良いという誤解」という文字が目にとまった。


「えーそうなの?南向きがいいというのが常識じゃなかったかしら?」と思いながらその先の目次も読んでみると、どうやらこの本は、住宅について常識だと思っていたことに意義を唱えているようだ。ちょっと正当派ではなさそうだが、読んでみよう、と思ったのが『思想する住宅』である。
本書は、これまで7度家を建て替えて得た、リンボウ先生ご自身のベストな住宅の在り方が書かれている。初めに、個々の家作りというよりは町作りのコンセプトが書かれ、続いて家の中のモノについて具体的に触れ、今必要と思われているモノはほとんど不要なのでは?と大胆に提言している。
まず序章では、「住宅といえば、とにかく南向き」という私の中の常識を覆したタイトル「南を向いた家が良いという誤解」で始まっている。
一昔前の団地では、そろいもそろって南向きであったのをよく覚えている。道路の向きとは全く関係なく、とにかく家が同じ方向を向いていることを不思議に思い、道に沿って家が建ってないのは何故なんだと、幼い頃親に質問した覚えがあった。「できるだけ日当たりがいいように、家は南に向けて建てているのよ」と母が教えてくれてからは、家は南向きで建てるものなのだなぁと所々で確認しつつ、そうでない家は南に向けて建てられなかった残念な家なのだなぁと思っていた。
一戸建ても、観察すると、同じく土地が許す限り北側に寄せ、南側を大きくあけている家が目に留まる。そんなわけで私としては、住宅に対して希望することは、やはり南向きで、日当たりだけはよいほうがよい、と考えていた。にもかかわらず「南を向いた家が良いというのは誤解である」とはどんな理由なのだろうか。
本書では、イギリスの町並みの例が挙げられ、リンボウ先生の言う「寄り合い庭」の考え方が紹介されていた。読み進めていくうちに、「南を向いた家が良いという誤解」の意味が分かってきた。「イギリスの住宅地というものが、道路に面して家を建て、背後に庭を置く、ということでは常に一定したコンセプトをなしていてブレることがない」という。つまり、どこの家も道路に面して家が建つことで、裏側に庭のエリアがあつまることになる。各家の庭はたとえ小さくとも、皆の庭エリアが合わさることで、巨大な裏庭空間が創造されている。これがすなわち「寄り合い庭」である。家の向きよりは寄合庭全体の調和が重んじられ、自分の庭が隣人の庭の景観に影響を与えるから、各人庭の手入れをするようになるし、さらに、すべての家が道路に面して建っているので、美しい町並みが形成されるようになる。
日本人の妄信的ともいえる南向き主義を考え直すことで、自分の土地だけでは不可能な空間「寄り合い庭」を手に入れることができるとは、思いもしなかった発見である。イギリスでは富裕層であれ中流下層であれ、すべて道路に面して家を作り、背後に細長い庭を設ける、という意匠ではきれいに一致していて、まったくブレることがないそうである。規模の大小はあるが、すべての家は道路に沿って東西南北その場に応じた方向を向いていて、南を向いた家がよい家という概念は存在しないようだ。
確かに、日本の都市部の一戸建は、庭がないところや、あったとしてもわずかなスペースであるのが大半ではないか。南側に狭い庭を造って、その先に隣家の北側の壁がどんとそびえるというのはなんとも息苦しい。であれば、地域一体となって「寄り合い庭」を形成することができれば、実際に持てる庭以上の空間の広がりを感じ、開放感も得ることができるのではないだろうか。リンボウ先生も言っているが、特に都市部ではその利便性を享受しているのだから、狭いスペースで南向きにこだわるのは何とも合理的ではない。
・・・しかしこれらは当然のことながら地域で統一したコンセプトでなければ意味をなさないから、ウチだけがやってもおもしろくもなんともないことになってしまう。地域全体が取り組むことになれば、私も南向き主義を改めて、是非参加したいと思う。
リンボウ先生は、このように住宅についてのさまざまな既成概念に疑問を投げかけていくが、その中から、今回自分自身も改めて考えた3点を紹介したい。
【和室はいらない】
洋風の生活が主流となった今、「タダ何となく1室くらい」として和室を作るのならやめろ、安易に曖昧な部屋を作るべきでないという。
最近の分譲マンションではさすがに和室はあまり見かけなくなったが、少し前までは、リビングの隣に続き間の和室があるのがあたりまえであった。リビングの隣だから、個室として使うにはあけっぴろげすぎるし、客間として使うにしてもたまに来るか来ないかの為の客間なんてもったいない、ということではっきり言ってあまり使い道が無いように思われる。それに畳は、色も落ちるし、はげるし長い間に手入れが必要になってくる。
そう考えると、確かに「とりあえず和室」という発想は捨ててもいいような気もする。そこで、我が家も和室の存在を考え直してみた。布団よりもベッドで寝起きする方が高齢の母にとっても楽であろうし、畳に正座して食事をすることもいまさら考えにくい。リンボウ先生は、「畳に正座で座っていると落ち着くなんてことは金輪際ない」そうだ。家族会議の結果、夫から「畳の上でゴロゴロしたい」という希望があったため、やはりリビングの隣に畳コーナーを設けることにしたが、あたりまえと思っていたことを改めて考えるよい機会になった。
【応接間なんぞもいらない】
「応接間」という言葉自体すでに死語であると思うが、夫の実家には存在していた。リンボウ先生の言うとおり、まさに「たいてい玄関脇に設けられた洋間」である。人がほとんど出入りしない、誰も座らないソファが置いてある八畳間。それでいて、家族が毎日使うダイニング兼リビングスペースは四畳半の広さしかないのだ。これはいかがなものかと常々思っていた。いつ来るともしれない客人の為に、貴重な何坪かを費やすなんて本当にもったいない。自分たちが住むのだから、そのすべてが家族のために使われるべきなのだ。
応接間に代表されるように、一昔前は来客のための部屋やグッズをきちんと用意していたように思う。人が来た時にみっともないから、誰かが泊まりに来た時に必要だから、と母の世代は言うが、これから果たしてどれだけの人が我が家を訪れるのだろうか。たくさんのお茶セット、座布団や布団のセットなど、これまでどれだけのものが「いざ」という名目で収納されていたことだろう。スペースがもったいない!本来、家は家族の為にあるべきものである。自分たちの暮らすスペースを削ってまで来客に備える必要はない。そう考えて、新しい我が家では「応接間」をなくした。
【ベランダは美しくない】
リンボウ先生はベランダも疑ってかかる。ベランダは、本来の意味から言うと、そこで外を眺めたり、お茶をのんだりと、縁側に似たくつろぐ場所であったはずである。しかし日本の、特に公団住宅では物干し台と化してしまった。リンボウ先生は、ベランダという名の物干し台は「美しくない」と感じ、よくよく考えたのち、別に太陽の下に洗濯物を干す必要はない、天気が悪い時にじっとり干し続けるくらいならむしろ乾燥機の方が衛生的だ!という結論にいたった。というわけで、リンボウ先生宅では洗濯物はすべてガス乾燥機で乾かし、物干しはなくしたそうだ。
確かに、ベランダにズラーッと洗濯物が干されているのは、生活感まる出しで美しくない。それに天日干しはお天気に左右されるので、完全にガス乾燥機に切り替えるのもいい案だとは思う。しかし私の場合やはり太陽の光のもとに干すことを捨てきれなかった。ただ、せめて新しい家が少しでも美しく見えるように、物干し竿の配置とベランダの外観には気を使おうと思う。
こうしてもう一度、「住む」ということを考えてみた。本書の中では、「いや、いいすぎでしょ」というところもあったが、「一番大切なことはとにもかくにも、『個人』から発想する」ことだと断言しているし、そのことには強く共感した。リンボウ先生は言っている。住宅を考えるとはすなわち自分の生活を見つめ直すことだと。であればそれを人任せにしてはいけないのだと。
そう、自分が住む家なのだ。流行だとか、有名な建築家だとか言う理由で、たいした考えもなく住宅を作ってはいけないのだ。自分そして家族がどういう思考(嗜好)をもっているかを知り、それに自信を持って、必要と思えば、他人がなんと言おうとも取り入れ、不要と決めたら、人になんと言われようとも捨て去る。そういうことこそ大事なんだ。一緒に住む家族間では調整が必要になるが、それ以外の声は参考までにとどめ、あくまでも自分の考えで進めていこう。
何度も家を建て替えるチャンスはなかなかない。だから最大限、自分思想を反映させた「思想する家」を作りたい。
(天野 淳子)

思想する住宅』 林 望(東洋経済新報社)

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