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平野 啓一郎『私とは何か 「個人」から「分人」へ』

2020年05月12日

私とは何か 「個人」から「分人」へ
著:平野 啓一郎 ; 出版社:講談社現代新書; 発行年月:2012年9月; 本体価格:740円税抜

居心地の良い自分の見つけ方~分人で考える「私」~

新型コロナウィルスの影響により、ここ数カ月で私たちの生活は一変しました。仕事も、子供の習い事もZoom!Zoom!ネット回線とPCはフル稼働です。食材や日用品は少し多めに買うようになり、狭い我が家には備品があふれています。近所の川沿いは散歩コースで賑わい、知り合いとの遭遇率があがったため、スッピン&普段着では出かけにくい場所になりました。毎日続く、三食自炊にレパートリーは尽き、お昼の麺率が急上昇です。子供向けのお籠りグッズを急ぎ揃えるも3日で飽きられ、こちらも早々にネタ切れです。

1つ1つは取るに足らない些細なこと。どうにか小さな工夫を重ね過ごす中で徐々にこの生活にも慣れるはずと思い、スタートした自粛生活でしたが、1週間、2週間…日に日にイライラを溜め込み、体調を崩す日も出てきていました。ん、頭痛に倦怠感!?これはもしや新型コロナでは?熱も、咳も、嗅覚以上もないにも関わらず、そんなことさえ疑うほど、自分を追い込んでしまうようになり、完全に冷静さを欠いていました。

どうにか、この状況を打破せねばと焦っていた時、ふと思い出したのが、平野啓一郎氏の「分人主義」でした。「クロシング」で公開されている講演で紹介され、手元に置いていた本。長年私が感じてきた違和感が言語化されており、平野さんの考え1つ1つ、事例1つ1つに共感しながら読んだものでした。

私たちはとかく、就職活動中も、リーダー教育を受ける中でも、周囲に流されることのない、確固たる自分を持つ必要があると思い、「唯一無二の本当の自分」を見つけ出すことに悩み、苦しんでいます。

しかし、「たった一つの本当の自分」というものは存在するのでしょうか。平野氏はこの考え方を否定します。そもそも唯一無二の本当の自分など存在せず、「対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて『本当の自分』である」と考えるのです。

職場での自分、家族における自分、友人と一緒にいる時の自分など、口調やしぐさ、態度は全く違っても、これらはすべて自分であり、こうした対人関係ごとの様々な反復的なコミュニケーションを通じて、自分の中に形成されてゆくパターンとしての人格を、平野氏は「分人」と呼び、この分人の集合こそが「自分」であると考えます。

確かに、職場ではなかなか評価されず目立たない存在である人が、趣味のゲームでは負けなしで周囲に師匠と仰がれるような存在の人であったり、敏腕営業として社内外の評価を得て部下にも慕われる上司が、家庭では奥さんの尻に敷かれる存在であったりと、身近にも思い当たる事例は多く見つけ出せそうです。私自身に置き換えてみても、職場、家庭、友人の中での自分は大きく異なることを実感します。

平野氏によると、私たちはまず、「不特定多数の人とのコミュニケーションが可能な、汎用性の高い分人」、つまりご近所さんと何気ない会話ができるような分人を持ちます。そしてそれらを下地としながら、次に職場や学校、サークルなど特定のグループに向けた分人を培い、最終的には「特定の相手に向けた分人」を持つ、と3つのステップを元に分人を育んでいくと言います。そして、幼いころは、親や兄弟といった分人しかなかったが、年齢を重ねるにつれて、交友関係は広がり、その分、分人の数も増え、結果として多種多様な分人の集合体としての「自分」ができあがるのだそうです。

さて、話を戻して、私が体調不良になるほど悩んでいた原因は?
私は、平野氏の本を読み返す中、自粛生活により、急激に自らの分人比率の変更を余儀なくされたことにあるのではないかと考えました。というのも、私はもともと、家庭と仕事それぞれが与えてくれる充実感や達成感、やりがいの違いから2つの時間を大事に考え、求められるものが大きく異なるこの2つを明確に分け、気持ちをリセットすることで、どうにか取り組んできました。

これまでは通勤時間にモードチェンジを図り、それぞれにあった「分人」になることで、自分が理想とする振る舞いをしてきたのです。しかし、コロナ禍の影響により、リモートワークが導入され、モードチェンジ時間がなくなってしまったばかりか、仕事中に突然、母親であることを求められたり、会議に戻ったり、その行き来が頻発することで、それぞれの分人を担うことが極めて難しくなりました。

私の中で培ってきた「分人」の崩壊です。自分の意に反して、自らが分けていたはずの分人が環境により融合していく中で、自分の新しい立ち振る舞い方が見出せず、目に見えないイライラが募っていったのだと思います。

この度の新型コロナウィルスの影響による在宅勤務は、単なる一時的な措置に留まらず、恒常的な働き方の変化をももたらすとも言われており、職場と家庭の強制接続は避けられない流れとなりそうです。また、他方でネットやSNSなどの影響で、分人をすみ分けることが難しい時代になっていることも加えれば、一層、各シーンでの分人を明確に分けることは難しいのかもしれません。

平野氏は、本書の中で以下のようにも語っています。

  • 1人の人間の中で分人の構成比率は固定的ではなく、環境や人とのつながりの変化とともに移り行くものである。
  • 自分が好きな分人でいられる時間を長く持てることが、幸せにつながることであり、それが自分らしさを生み出すことにもつながる。

コロナ禍の中で、否応なく環境や人とのつながりが移り行く中、改めて私が今大事にしたい「分人」は何かを考え直すとともに、そこでの立ち振る舞いをどう改めるべきか、今一度検討する必要があると感じた次第です。

余談ですが、1カ月間ともに過ごす息子(7歳と3歳)の分人も変化してきたようです。最初は、友達に会えず、外出もできないことにフラストレーションを溜めてか、兄弟喧嘩が絶えなかったのですが、最近は、1人しかいない遊び相手と意識してか、さっと譲ったり、謝ったりと2人のコミュニケーションスタイルが変わってきたのです。

居心地の良い「分人」をどう見つけていくか。子供にとっても大人にとっても、ポストコロナ時代に必要な問いの1つになりそうな気がします。

(鈴木ユリ)

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