今月の1冊
2025年12月09日
高津 臣吾著『二軍監督の仕事』『一軍監督の仕事』
皆さんは「一軍」「二軍」という言葉にどんな印象を持たれるでしょうか。
花形部署やエース人材を「一軍」、補欠やチャンス待ちを「二軍」と捉える方も多いと思います。
実際、某企業がジョブ型人事を導入するのに合わせて降格制度を設けた際、暫定期間の対応として、導入時に基準に満たない社員は一旦「二軍」とされ、再チャレンジ期間の間に一定の成果をあげられれば一軍(管理職)に戻れるが、振るわなければ一般社員に降格となるという仕組みが報道されたこともあり、序列的な意味合いで使われることもあります。
しかし、プロ野球の現場では「二軍=負け組」ではありません。令和の三冠王・村上宗隆選手も一年目は二軍からスタートしましたし、エース投手が調整のために二軍で試合を重ねることも珍しくありません。二軍は育成やコンディション調整の場であり、一軍で活躍するための重要なプロセスなのです。
この視点を改めて気づかせてくれたのが、高津臣吾氏の著書『二軍監督の仕事-育てるためなら負けてもいい』『一軍監督の仕事―育った彼らを勝たせたい』です。高津さんは現役時代、野村ヤクルトの黄金期をクローザーとしてチームを支え、引退後はヤクルトスワローズの一軍投手コーチ、二軍監督、一軍監督を歴任。12年間に渡りチームの首脳陣として選手とともに戦い続け、一軍監督としては2回のリーグ優勝、うち1回は日本一にも輝きました。本書はその一つひとつの経験が結晶となって紡がれたものです。
小学生の頃からの野球好きのスワローズファンで、学生時代野球部(のマネージャー)だった私も、実は最近まで、一軍レベルに達してない人が二軍にいる、と疑いなく思っていました。野球部では、1から9までの背番号はレギュラー陣の守備位置で与えられ、10以降は控えの選手、そしてベンチ入りできない選手は背番号をもらえないなど明確な序列がありましたので、プロ野球でも同じように、一軍と二軍は線引きだけのことだと思っていました。また、正直なところ、二軍の監督やコーチも、一軍のスタッフになるための経験値を積んでいるものと思い込んでいましたので、まさか、役割が全く違うとは考えてみたこともなかったのです。そして、自分がマネジメントを任されるようになった時に、この2冊のタイトルに惹かれ、手に取ったという経緯があります。(もちろんファンとしての興味があったことも否定しません)
書籍『二軍監督の仕事』の方には「育てるためなら負けてもいい」というサブタイトルが付いています。勝負の世界で生きる人が何を言うか、と感じる方もいるかもしれないですが、別に勝負を放棄しているわけではないのです。
2冊を合わせて読んでみて、一軍と二軍監督の違いは『選手ファースト』か『勝利ファースト』か、なのではないかと考えました。実際、高津氏も以下のように述べています。
二軍の試合を見ていて幸せなのは、機会を作ることで、選手の未来が拓けることなのだ
二軍監督が目先の勝利を優先してしまったら、二軍メンバーの中でも今、打てる野手、抑えられる投手を起用してしまい、機会を全く与えられない選手が複数出てきてしまいます。「まだ〇〇選手はこの場面で打てる技量はないかもしれないけど、経験を積ませておきたい」からと、大事な局面の打席に送り、機会を与えることは、二軍監督の大事な仕事なのです。(これを一軍監督がやったら、恐らく優勝はできません)
では、『勝利ファースト』の一軍監督の大事な仕事とは何か。
それは、盤面を読むことではないでしょうか。これも高津氏『一軍監督の仕事」の中で同じようなことを書いていました。
すべての監督は、棋士のように何手も先を読みながらベストのチョイスをその場でしている
当然ながら「ベストのチョイス」は勝つための選択です。
監督も棋士のように、いま何が起きているか、次に何が起きそうか、その次にどう展開しそうかという先読み思考が、欠かせませんし、その思考力が勝負を左右するといっても過言ではありません。
しかし、棋士と監督の最大の違いは、「駒」が不確実であることです。
将棋の駒は、能力が固定されていて、気分も体調もないし、対戦相手もまったく同じ戦力です。ゆえに、自分の戦術さえ相手に上回れば勝てますが、野球はそうはいきません。駒(選手)は自前で揃えなくてはいけないので、相手との力の差がありますし、駒(選手)が持っている能力を発揮できない日もあります。つまり最善手であっても負けることもある、それが野球です。
だからこそ、一軍と二軍があり、それぞれに監督とコーチが必要なのです。
一軍の監督はもちろん棋士にあたります。一軍のコーチ陣はその時その時の駒の状態を把握するために情報収集をして一緒に戦術を考える参謀。 そして、その戦力となる駒を作り上げるのが二軍の役割です。二軍監督は育成の場の全体把握と総括、そして各コーチが一人一人の能力を高めるべくサポートをし、選手皆が全力を尽くせるような場づくりをすることが求められるのだと気づきました。
この2冊の書籍は、私自身のマネジメントスタイルを模索している中で手に取ったのですが、マネジャーとして学ぶ点はどこにあるのだろうかと考えたときに、はっとしました。
機会を与えること、一人一人の能力を高めるためのサポート、場づくり、情報分析や戦略立案、先を読む力…どれも欠かせないのではと。
メンバーに挑戦の場を与え、能力を伸ばす「育成型リーダー」と、成果を最大化するために戦略を描く「勝利型リーダー」。状況に応じて両方の役割を担う「一人首脳陣」が、現代のビジネスマンには求められているのではないでしょうか。
『二軍監督の仕事』の中で、高津氏は監督として心がけるべきこととして、以下の様に述べていました。
選手が気分良くプレーできるかどうか、その環境を整えることを忘れないということだ。
これは高津氏が現役の時に、当時の野村監督から学んだ姿勢だそうですので、二軍監督だから、一軍監督だからの違いはなく普遍的なものなのでしょう。
私はマネジャーとしてはまだまだ経験不足で「一人首脳陣」が出来うるレベルではないですが、まずはこの『メンバーが気持ちよく仕事ができるかどうか』から心がけたいと思っています。
(藤野あゆみ)
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