KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2011年06月14日

土井 香苗「世界のために私ができること」

土井 香苗 ヒューマン・ライツ・ウォッチ 日本代表  >>講師紹介
講演日時:2011年4月26(火) PM6:30-PM8:30

世界中の困っている人を助けたい。
それが、中学生の頃からの土井さんの願いでした。
当初の援助イメージは、物質的・金銭的なもの。やがて、大学で法学の授業を受けるうちに、土井さんは世界共通の価値観である「人権」の考え方に目覚めます。
「拷問、強制失踪、恣意的な拘禁、戦時下での民間人の殺害などから人々が守られること。性別、人種、性的指向による差別を受けないこと。」
人権の大切さは、誰もが直感的に理解できます。しかしそれが、容易には達成されないのが世界の現実でもあります。


国際社会には内政不干渉という原則があります。そのために、かつてナチスドイツの人権侵害が容認され、それが第二次世界大戦につながりました。その反省に立ち、戦後は、各国が人権について相互に監視し干渉し合うことが必要である、というのが国際社会の共通認識になっています。

さて、東大在学中に当時史上最年少で司法試験に合格した土井さんが、人権活動家としてまず赴いたのは、民主国家として独立間もないアフリカのエリトリアでした。この国の法務省でボランティアとして法律制定の技術支援をした土井さんの貢献は、しかし、数年後の独裁政権誕生によって、望ましい結果にはつながりませんでした。いくら政府を支援しても、その国民の支援につながるとは限らない。この教訓は当時の土井さんに強烈に刻まれることとなりました。

いちばん弱い人を直接助けよう。
帰国後、土井さんは難民支援に本格的に乗り出します。9.11の直後に日本で強制収容されたアフガニスタンのハザラ民族難民のサポートなど、弁護士としての知識と経験を生かしながら、いくつもの案件に取り組みます。政治家に働きかけ、メディアに活動を取り上げてもらううち、閉ざされていた日本の難民受け入れ門戸も少しずつ広がりを見せてきました。

それでも日本はまだまだ難民に対して閉鎖的です。
世界には広義の難民が4200万人います。しかし日本の難民認定は1997年時点でたった1人。以後年々増え続けているもののそれでも年数十人です。再定住も、昨年ようやく30人を受け入れましたが、例えば米国の6万人という数字と比べれば桁がいくつも違います。
難民問題を根本的に解決したい。
その想いから、土井さんは、世界的な人権監視団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)のスタッフになりました。

HRWのミッションは、世界各地の人権侵害状況を調査し、世界に発信し、国際世論と各国政府を動かして、現地政府の行動を変えさせること。情報の力で世界を変える、時代の目撃者です。活動資金は個人の寄附で賄われ、総勢300人のスタッフで90か国をカバーしています。

活動のベースは、調査員とその協力者が、現地で危険にさらされながら行う調査活動です。真実を伝えようとする人々の勇気と、それを弾圧する人々の醜さ・恐ろしさ。人間のそのような両面を目の当たりにしながら、HRWはレポートを続けています。現在、土井さんはHRWの日本代表として、日本におけるアドボカシー(政策提言活動)を担っています。

実は、土井さんが道をつけるまで、HRWは日本に拠点を持っていませんでした。
それは日本が、世界的に見れば人権問題の少ない国だからであり、同時にまた他国の人権問題に積極的に干渉しない国だからでもあります。国民の無関心と外交当局の傍観的態度が、日本を世界から隔絶してきた、と言えるかも知れません。

しかし今、国際社会の日本に対する期待は高まりつつあります。
世界の成長センターであるアジアは、人権問題を抱える国が多い地域でもあります。経済的な重心が中国やインドにシフトしていっても、日本は人権面においてこの地域のリーダーとなれる、ほぼ唯一の国です。

それはまた、成長が停滞し震災にあえぐこの国が、ソフトパワーの発揮を通じて新たな国のあり方を世界に示す格好の機会でもあります。
今回の事態で日本は、自国が国際社会の一員であり、またその中で生きて行くしかないことを再認識しました。そのようなグローバル意識の萌芽が、これから日本が世界に開かれていくための、日本人のマインドセットの転換点になることに希望を込めて、土井さんは講演を締めくくりました。

日本のメディアが取り上げない(しかし欧米メディアではヘッドラインで流れる)世界の人権に関するニュースを日本語で読めるようにと、土井さんはHPで、ブログで、ツイッターで、そしてキャスターをつとめるニュース番組の中で、精力的に情報を発信し続けています。

世界に向けて開かれた、土井香苗さんという窓。この窓から日本は何を目撃し、そして世界に何を発信できるでしょうか。
まずは世界と関心を共有すること。日本の外交当局の動向をウォッチすること。そして自らも日常生活の中で意見を発信すること。

講演タイトルの「世界のために私ができること」。その「私」は、土井さんではなく、講演を聞いたひとりひとりの「私」でした。世界のために私に何ができるか。深く自問させられた夜でした。

(白澤健志)

メルマガ
登録

メルマガ
登録