夕学レポート
2012年03月13日
石倉 洋子「「OR」から「AND」への戦略シフト」
石倉氏はまず、本講演が行なわれた2011年10月の世界はどんな状況なのかという点から話し始めました。一言でいえば、「危うい状況、もろい、微妙なバランスの上にある」と石倉氏は考えています。石倉氏がそのように考える理由はいくつかあります。
1つめは「多極化」。中国、インドなどの存在感が増す一方で、大きな影響力を発揮してきた米国のパワーが低下しており、欧州も揺らいでいます。世界を引っ張る明確なリーダーがいなくなり、複数の国・経済圏がそれぞれの利害で動く、多極化が進んでいるのです。
2つめは「変化は日常」的に起こるようになりました。従来は、何かしら変化が起きた際、それからじっくり考えて対応しても間に合いました。今は、変化のスピードが速いため即時対応が求められます。あらかじめ変化に備えておくくらいのことが必要になっているのです。
そして、3つめに「世界のオープン化・見える化」が進展していることです。情報化がすすみ、世界のどこで何が起こっているのか、手に取るようにわかります。そのため、これまで誰も気づかなかったような小国での変化が、世界にたちまち伝わり、新たな変化をもたらすようなことが頻繁に起きています。
こうした不安定な状況は、以前のように安定したものに戻るでしょうか?石倉氏は、決して戻ることはない、不確定な状況はこれからも続くと断言します。以前のように正しい答えを一直線に見出すことも困難ですし、万能薬もありません。問題・課題を解決するための有効策が何なのか、誰も確信がもてない。ともあれ実行する、試行錯誤をしながら、見つけていくしかないのです。
さて、上記のような状況は、企業や個人にとってどんな意味を持つでしょうか。石倉氏が最も強調したいことは、「毎日が戦いの場である」ということです。日本人は比較的、この意識が弱いかもしれません。しかし、グローバル化が進んだ今、私たちはあらゆる分野で、地域を超えて、常に世界の誰かと競争しているのです。たとえば、日本での製品製造はコストが高い。したがって、同じような機能・品質であれば、よりコストの安い国で製造された製品に負けてしまいます。
ですから、こうした状況では、企業や個人、また国や都市も同じですが、「ベスト」より「ユニーク」を目指さなければなりません。つまり、一番コストが安いといった、特定の枠や基準での最高を目指すのではなく、他との差別化を図ること、独自の付加価値を提供することです。そうすれば、たとえ価格が高くても進んで購入してくれます。加えて、「スピード感覚」も必要です。変化が日常となった今、「以前はこうだった」と昔に固執するのではなく、今、これからはどうなのかということを常に考え、スピーディに対応する必要があります。石倉氏は、高速道路では、他の車と同じスピードで走らないと危険なことを引き合いに出し、スピード感覚を持つことの重要性を指摘しました。
では、他とは異なる付加価値、つまりユニークなものを生み出すにはどうしたらいいでしょうか。ここで求められるのが、「OR」(あれかこれか)ではなく、「AND」(組み合わせる)という発想です。複雑で高度化した現在、差別化された製品・サービスは、相反するような要素の組み合わせから生まれるのです。
例えば、「グローバル」と「ローカル」。「グローバルニッチ」という言葉がありますが、ローカルな中小企業でも、その企業にしかできない、ユニークな技術、製品を持っていれば、グローバルに情報発信することで、世界中から注文が殺到するのです。あるいは、「営利」と「非営利」。近年、企業の資産を活用して、社会的な問題の解決に貢献できるのではないか、という考え方が議論されてきましたが、実際の取り組みが登場してきています。例えばIT企業が発展途上国でエンジニアをトレーニングすれば、その国の教育水準が上がり、結果として生活水準が引き上げられます。すると、IT企業の製品が同国でも売れるようになり、収益増につながる、ということが実現しつつあるのです。
日本企業も、「AND」の発想で新たな組み合わせを見つける必要がありますが、基礎となるのは自社の強みです。ただ、世界に展開しようとする場合、必ずしも、これまでの強みが通用するとは限りませんし、むしろ、既に保有している、別の強みが活きる場合も多いそうです。ただ、自分自身ではなかなか、何が新たな強みになるかわからないもの。そこで、石倉氏は、対象国の消費者の生活を肌感覚で知り、理解すること、そして、直接ユーザーに自社のどんなところに魅力を感じるかを聴けば良いと提案します。つまり、大事なことは、現場に出て得たユーザーの実態やニーズを起点として、新たなコンセプト、新たな価値をデザイン(設計)すべきということなのです。そして、現代の複雑な状況に対応して、新たな価値を生み出すために、私たちは常に学び続けること、そして「競争」をするだけでなく、様々な形で「協働」していかなければならないのです。
石倉氏は最後に、現在の状況において求められるリーダーの要件について触れました。まず、変化に対する感度の高さを持つと同時に、大局的な歴史観を持っていることです。同時に、世界、人々を納得させることのできる自分の「ストーリー」を語れること、それには、高い志、社会性を持っていることが前提です。そして、困難において決断し、実行できる強さ。3月の東日本大震災において、残念ながら、わが国のリーダーたちの決断力、実行力のなさが露呈しましたが、一方で、現場の人々は強いということもわかりました。
石倉氏は、故スティーブ・ジョブズのようなカリスマ的なリーダーが次々と出てくるようなことはありえないことを強調し、変化が激しいなか、臨機応変な対応が必要なことから、1人ひとりがリーダーシップを持つことが必要だと述べました。日本は元々現場の力が強く、情報通信技術の進展により、「個」が力を発揮できる条件は揃っています。石倉氏は、会場に集まった参加者に対し、「あなたのユニークさは何ですか。それは売れますか。リーダーシップをどう実践しますか。」と問いかけて講演を締めくくりました。
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