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松山 大耕「禅とグローバリゼーション」

2015年04月14日

松山 大耕
妙心寺退蔵院 副住職
講演日:2014年11月4日 (火)

松山 大耕

京都市右京区花園にある退蔵院は、臨済宗妙心寺派の大本山、妙心寺の塔頭(たっちゅう)です。副住職の松山大耕氏は、2011年にはヴァチカンでローマ教皇に謁見され、今年2014年にはダボス会議に出席されるなど、世界の様々な宗教家や経済界のリーダーたちと精力的に交流されています。

さて、松山氏によれば、禅に対する関心が世界的に高まっているとのこと。この背景には、禅を愛したアップル創業者、故スティーブ・ジョブズ氏や、禅の考え方を取り入れた「マインドフルネス」を推進しているグーグルのようなグローバル企業の存在があります。

興味深いのは、禅とはその基本思想が対極にあるような宗教、例えばユダヤ教信者が積極的に禅を学ぼうとしている点です。そもそも仏教は多神教であり、その開祖であるブッダは人間であるのに対し、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった西洋で主流の宗教は、人知を超えた存在である「全能の神」のみを信じる一神教です。

しかし、対極にあるからこそ、その教えが明確に理解されやすいのだろうと、松山氏は考えています。例にあげられた、ユダヤ教の信者は、ユダヤ教典で規定されている細かいルールを日々、忠実に守って生活することが求められます。すなわち「立法主義」です。そのため、ユダヤ教徒は世界のどこの国に住んでいようと、ユダヤ教徒としてのアイデンティティを維持することができるのです。

一方、仏教の中でも「禅」は、徹底した実践・体験を通じて自ら真理をつかむこと=「悟りを得ること」を重視します。実際、修行道場では毎日、読経と座禅、そして残りのほとんどは掃除をしているのだそうです。本を読む時間はありません。キリスト教の教会では、修道僧は聖書を読むといった学習の時間がありますが、禅においては書物ではなく実践を通じて学ぶのです。

松山氏は、退蔵院の副住職になる前に約3年半、修行道場で禅の修行をされています。禅の修行はまさに実践につぐ実践です。朝3時に起床して読経、そして2時間の座禅。日中は掃除がメインです。夕方からはまた読経、そして夜9時まで座禅。さらにその後も自主的に座禅を組むため就寝は午後12時頃になります。つまり、睡眠時間3時間という日々が3年以上続くのだそうです。

最もつらい修行が毎年12月の頭にやってきます。12月8日未明、明けの明星を見たお釈迦様が悟りを開かれたことにちなみ、12月1日から8日までの1週間、一睡もせずひたすら座禅を組み続けるのです。松山氏によれば、1週間眠らないわけですから、極限状態に追い込まれるそうです。座禅を組んでいても眠りに落ちそうになる。そのときは、警策と呼ばれる棒でフルスイングで肩や背中を叩いてもらうのです。

松山氏はこの修行を3度乗り越えていますが、あるとき老師に「なぜこんなつらい修行をするのですか?」と聞いたそうです。老師の答えは「2つの意味がある」というものでした。ひとつは、ブッダが行った修行を自ら体験することが大切であること。もうひとつは、極限状態に追い込むことで、無意識の状態から自分を正していくことだそうです。

当時の松山氏は、この老師の答えがあまりピンとこなかったそうですが、最近になって、このところ急速に進歩している脳科学の知見を通じて、私たちの行動の多くが無意識によって支配されていることを知り、意識できることだけでなく、「自分でも意識できない部分=無意識」にも注意を向けることの重要性を老師は説かれていたのだろうと、気づいたのだそうです。

松山氏は、禅を学ぶ意義についてさらに様々なお話をしてくださいました。まず、公案と呼ばれる、いわゆる禅問答は、およそ理屈で考えても答えの出ない問いが出されます。たとえば、「大きななまずをひょうたんで捕まえなさい」といった問いです。もちろん、ひょうたんの小さな口に大きななまずを入れることは物理的に不可能です。

松山氏によれば、公案とは、「悟り」の度合をチェックすること、つまり、どれだけこだわりを捨てることができているか、論理的な発想を超越できているかをチェックする役割を持っているのだそうです。公案に対する答えによって、どれだけ悟りに近づいているかを知ることができるというわけです。

また、精進料理にも深い意味があります。まず、一切のものを無駄にしない、活かしきるという考えが根底にあります。物質的には非常に効率的な考え方だと松山氏は主張します。さらに、他者への気遣いがあります。食べ終わった茶碗にお茶を入れ、たくあんできれいにするという行為は物を無駄にしないだけではなく、食器を洗う人が大変でないようにという思いやりから来ているのだそうです。

禅においては自分の精神状態を高めていくことが目的であり、掃除を含む日常のあらゆる行為がそのための機会です。弓道、柔道なども同様です。およそ「道」がつくものは、的に当てる事や相手に勝つことが目的ではなく、自分の精神性を高めることに主眼を置くのが日本的な思想だと言えます。世界の人々が禅を学びに日本に来ているのも、こうした精神性を高めることの意義や価値が世界に共通する普遍的なものであるから、と松山氏は感じているようです。

松山氏は、国内外において禅の普及に努めるかたわら、「退蔵院方丈襖絵プロジェクト」にも取り組んできました。これは、国の重要文化財の方丈の襖絵(普段は取り外して保管)の代わりに、オーディションで選んだ無名の若手絵師に新たに水墨画を描いてもらうというものです。

過去、日本において優れた絵師が生まれた背景には、「御用絵師」としてお寺などが絵師を丸抱えして絵を描くことに専念してもらったことがあります。しかし近年は、出来上がった作品を購入するというスタイルが多く、必ずしも優れた絵師を育てることに寄与しません。そこで、このプロジェクトでは、退蔵院に住み込み、禅の修行をして禅のこころをしっかり理解したうえで、襖絵を描くというかたちにすることで、現代において優れた絵師を育てようとしているのです。

京都の寺院が今も、多くの参拝客に恵まれているのは、過去の先人たちの遺産のおかげだと松山氏は指摘します。しかし、この先もずっとこの状態が続く保証はありません。したがって、その時代において最高のものを産み出し次世代に残していくべきだと松山氏は考えています。

また、松山氏は、仏教を含む宗教界の課題として、もっとサイエンス(科学)に近づくべきだと主張します。例えば原発問題について、福島原発事故が起きた後に、仏教界としては基本的に「反対」の立場を取りました。しかし、事故が起きる・起きない以前に、サイエンスをしっかり学び、宗教の立場から、世の中の様々なものごとについて、明確な見解を打ち出しておくべきではないかと感じているのだそうです。

まだ35歳と若い松山氏が、今後もますます世界の様々な宗教家やリーダーたちと交流され、禅の思想を広めていただくことで、よりよい世界づくりに貢献されることを期待しています。

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