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夕学レポート

2017年01月17日

森本あんり「オバマとトランプ:反知性主義とアメリカの宿命」

森本あんり
国際基督教大学 人文科学デパートメント教授(哲学・宗教学)・学務副学長
講演日時:2016年10月27日(木)

森本あんり

もしトランプが大統領になったら、アメリカはどうなるのか。日本は、世界は――。来る11月8日の米大統領選挙を控え、世界が固唾を呑んで見守っている。10月末の現時点ではヒラリーの圧倒的優勢が見込まれているものの、まさかのどんでん返しがあるのでは、という一抹の不安は消えない。実際、これまでもトランプは思いがけず”いい勝負”をしてきたのだ。

移民の脅威やオバマへの失望、ヒラリー嫌悪の高まりといったトランプ人気の理由をいくつ挙げられても、あそこまで極端な人物を支持するメンタリティはやはり理解し難い。その不可解を、森本あんり氏が少なからず氷塊してくれた。

アメリカに巣食う「反知性主義」。このタームは、日本でも近年よくきかれるようになったが、本邦では「あいつは知性のない奴だ、というやっつけ言葉」のように使われ、本家のアメリカとはかなりニュアンスが異なる受け止め方をされている点を、まずは留意されたい。共和党支持者が多いとされる中西部や南部の低所得層の白人、彼らの無知蒙昧がトランプ人気を生んでいるのだろう…と私などはぼんやり愚考していた。知的なものを嫌悪する反-「知性」。しかし実際は、antiは「主義」にかかるのです、と氏は言うのだ。つまり、アメリカでは知性「主義」に対する反抗心が強いということだと。両者には一見あまり差がないようだが、そうでない。存外、根の深い問題であるらしい。何せその源流は建国期にまで遡るのだから。

リーダーはインテリよりエンタメ系

歴代大統領の中でそれが強く顕れているのは、ドル紙幣で最もポピュラーな20ドル札の顔、アンドリュー・ジャクソン(1767-1845)だ。ハーヴァード卒のエリート、ジョン・アダムスを打ち負かしたジャクソンは、無学で貧しい開拓村出身者。ジャクソンは、民主党の象徴とされる動物キャラjackass(ロバ)の由来になったことからもわかるように、わかりやすくマヌケなイメージで語られる一方、ほら話が得意な好人物として捉えられていた。皮肉にも後にハーヴァードの名誉学位を授与されることになり、式典で堂々とラテン語の答辞を読み上げ出席者を驚かせたが、実はその内容、身辺にあったラテン語単語をテキトーにつなぎ合わせたデタラメスピーチだったのである!居並ぶお偉方の鼻をあかしたジャクソンあっぱれと、噂を聞いた民は大喜びしたという。

権威、とりわけ知性と結びついた権威に抗う姿勢、これこそが反知性「主義」の身上であり、アメリカ人の心に深く浸みこんできた価値観なのである。

では否定される知性主義の本質とは何なのか。ジャクソンが虚仮にしたハーヴァード始めイェール、プリンストンなどの名門大学はそもそも牧師を養成する神学校として始まったという。ハーヴァードがマサチューセッツに大量に移民が流れ着いたたった6年後につくられていることからもわかるように、牧師養成の急務が大学創設のきっかけだった。つまり牧師になるには大卒資格が必須だったのであり、翻っていえばそんなゴリゴリのエリートが語るクソまじめな教理を、庶民は教会で何時間も聞かされていたのだ。いかにきまじめなピューリタンとて限界があっただろう。

そこで登場するのが、「巡回伝道者」という流しのピン芸人のような説教師である。彼らはひとりで馬に乗ってやって来て、広場や森の中に台を置いて即席の集会所とした。荘厳さには欠けるが、聴衆の気を引くには十分だった。ホイットフィールドという説教師などは、「メソポタミア」「メソポタミアァ」「メ、ソ、ポ、ティミア~!」と謎の言葉を繰り返し叫び続けただけで1万人を熱狂の渦に落とし込んだという逸話を持つ。無学でも、盛り上げ上手なエンターテーナーたれ。イエスだって学者やパリサイ人を批判したではないか。「学はなくても信仰心なら負けてない」が彼らの自信の拠って立つところであり、つまりはここに反知性主義の原点が見て取れるというわけである。

19世紀初頭のリバイバル(信仰復興運動)の旗手、ビリー・サンデーはさらなる進化形だ。極貧家庭に生まれ大リーガーとなったのちに大衆伝道家に転身、マシンガントークと身体を使いまくったアクロバティックなステージングで観客、もとい信者らを魅了した。もはや説教は完全にショーアップされ、サンデーは牧師というより優れた興行主にしか見えない。でもウケればいい、面白けりゃそれでいい。この手法は現代のスタジアムで行われるド派手な選挙ショーに受け継がれているし、またアメリカンドリーム体現者サンデーの成功物語は、無学上等・アンチ権威の反知性主義精神をさらに人心に浸透させたであろうことは想像に難くない。

理念とともに大きくなった

我々日本人はつい忘れがちだが、アメリカは21世紀の今もキリスト教と分かちがたく結びついており、むろん政治とて例外ではない。「牧師はまるで政治家のように話し、政治家は牧師のように話す」。どちらも上手くないとダメ、と森本氏は言う。イスラム教徒と勘違いされがちだが歴としたプロテスタントであるオバマ大統領。その語り口は、麗しくも朗朗として、時に陶酔を呼び起こす。悲願の「アメリカ統合」は叶わなかったが、優れた説教師としての再就職先はあり得るのかもしれない。

開拓時代よりゼロから始めて全てを自前でつくってきたアメリカが、いかに理念の国であり続けてきたか。その建設ヴィジョンとして宗教的な理念形成の力を必要とし、結果、アメリカ人は反知性主義をほとんど「nature」として内面化してしまっている。それがトランプ躍進の根源にある、と氏は結んだ。トランプは親父の事業を継いだとはいえ拡げたのは自身の裁量なので、一応、叩き上げのアメリカンドリーム体現者として認められている。「この世の成功は神が祝福しているせい」とみなされるアメリカでは、トランプは二重の意味で勝者なのだ。

はて、確か神は肉のよろこび(俗世の成功)を否定されていたはずでは?なんて正論はもはや無効だ。だって信じるとはつまり、考えないってことだから。

(茅野塩子)

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