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夕学レポート

2017年11月14日

菊澤 研宗「日本軍の失敗に学ぶ『組織の不条理』」

菊澤 研宗
慶應義塾大学商学部 教授
講演日時:2017年10月24日(火)

組織は合理的に失敗する、いわんや個人をや

菊澤 研宗

日本軍はなぜ失敗したか。山本七平はその原因を「空気」であるとした。無謀な大和戦艦の沖縄特攻やインパール作戦は、当時の「空気」によって行われたのであると。山本が主張した「空気論」における空気とは「知らず知らずのうちにその何かの影響を受けるという状態」である。

だが、菊澤研宗先生はこれに異論を唱える。なぜなら、空気が最終決定者ならば、誰も責任を取らなくてよい。これは無責任論へと結びつき、自己防衛の言葉として悪用可能となる。では、何が失敗の要因だったのか。見えない何かに言葉を与えるように、「なぜ組織は合理的に失敗するか」を菊澤先生は段階的に説明してくれた。

新古典派経済学の人間観では、人は完全合理的に行動し、自分の利益を完全最大化する。もし、すべての人が合理的で利益を追求するのであれば、個と全体は一致するので不条理は発生しない。だが、実際に生きている人間は完全に合理的でもなければ、完全に最大利益を追求しない。理性より感情が勝る場合もある。時には衝動的で野心的なアニマル・スピリッツが不合理な行動へと私たちを駆り立てる。

現在の経済学の人間観は、人は完全合理的でもなく、非合理的でもない「限定合理的」であり、利己的利益を追求する(機会主義)という考えが主流だ。限定合理的で機会主義的な世界では、ゲーム理論や経営学の文脈でよく使用する「取引コスト(trans-action cost)」が発生する。

どういうことか。例えば、知らない人と交渉する場合、自分が騙されたり、損な契約をさせられたりしないように、取引前にコストをかけて相手を調査する。契約後も相手を監視するモニタリングコストが発生する。つまり、交渉・取引には「取引コスト」が発生するのだが、このコストが人間関係上でも発生してしまうのが、組織が合理的に失敗する要因であると菊澤先生は述べた。

人間関係上の取引コストとは、私たちの身の回りに多く発生している。例えば、明らかに上司が間違っているのに、反論や、説得が面倒くさいがために、とりあえず上司の言うことを聞いておく。この場合、「人間関係の取引コスト=上司に反論、説得」となる。

また、社会的にはある状況や制度を変化させたほうがよいことがある。だが、変化するには、多くの利害関係者と交渉取引しなくてはならないため、多大な取引コストが発生してしまう。それが故に、何もしないことが合理的であると個人は考えてしまい、変化をしないままにし、不条理が発生してくる。

これを菊澤先生は「黒い空気」と名付けている。現在、神戸製鉄のデータ改竄が問題となっているが、これも不正や非効率な状態を維持したほうが、正しい方向へと導くよりも人間関係の取引コストが低くなり、合理的に失敗した組織の例であると説明できる。

西洋に比べて日本には、この「黒い空気」が発生しやすい素地があるという。多くの人が宗教を信仰していない日本人は価値判断に慣れていないと菊澤先生は指摘する。つまり、主観的に善悪を判断することが不得意ということだ。

また、西洋社会と異なり、階級社会で育っていない日本人エリートは、なぜ上に立つのかという哲学がない。成績が良ければ人の上に立てるという結果から、損得勘定ばかりで物事を捉え、打算的なリーダーが生まれてきた。このように価値判断に慣れておらず、打算的なリーダーが意思決定の際に依存するのは、社会科学の文脈でいう科学性・客観性となる。

これに対して、子どもの頃から宗教に慣れ親しんでいる西洋のリーダーは、科学だけでなく、非科学的な価値判断のもとで意思決定ができるのだ。主観のないリーダーが、科学性、客観性から意思決定をしようとすれば、全会一致が目標となる。そうなると、次はコンセンサスを得やすい人ばかりが選ばれ、日本の組織は合理的に堕落、腐敗し、合理的に自壊するのだ。

この合理的な失敗は、組織だけで発生するものではないと私は考える。自分という個人も社会という組織の一員であり、主観というものを持たないがために、自分の人生に合理的に失敗するのではないかという不安がある。自分は間違っていると思っていることでも、客観的には正しいがために、そちらに従ってしまう。学校、就職、結婚、価値観、恋愛などなど、まわりの流れに合わせて生きていれば楽なのだ。しかし、それが自分の求める人生なのかと自問自答する。自分の主観で判断して生きていないがために、多くのことを見誤るのではないか。

黒い空気や不条理から脱却するために、カントの哲学を菊澤先生は例に挙げた。人間には損得勘定だけでなく、自ら「正しいかどうか」価値判断し、「もし正しいとすれば、何をすべきか」という行為を要求する「実践理性」が存在するという。しかし、主観だけでは暴走しやすく、人間としての「品」や「気品」も同じく必要だという。組織マネジメントだけでなく、個人の生き方を考えるのにも深く考えさせられた内容であった。

今回の演題は「日本軍の失敗に学ぶ『組織の不条理』」であったが、字数がそろそろいっぱいなので、日本軍がいかにして失敗したかまでは書けなかった。もっと詳細を知りたい方は菊澤研宗先生の著書『組織の不条理 日本軍の失敗に学ぶ』を読んで頂こう。

(ほり屋飯盛)

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