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夕学レポート

2020年02月11日

川上 昌直「「サブスク」の成功条件~リカーリングモデルの戦略論~」

川上 昌直
兵庫県立大学 教授
講演日時:2019年10月24日(木)

伝統的マーケ手法のコレジャナイ感

川上 昌直

「さて、プランニングに取りかかろうか」と、おもむろにマーケティングのバイブルを開く。AIDMA、SWOT分析、3C分析、4P…どれもかつては魔法の呪文のように、課題のもつれた糸をほぐしてくれた珠玉の手法ばかり。

しかし何だか様子が変だ。検索窓に「AIDM…」と入れるや「AIDMA 古い」という予測候補が出てくる始末だ。マーケティングの神としてバイブルに登場するような企業もどんどん苦境に陥っているという。これらの手法はもう効かないというのか。

呆然として天を仰ぐ経営者の目に、遥かな高みからキラキラと輝くキーワードたちが舞い降りて来るのが見える。「サブスクリプション」「リカーリング」「所有から利用へ」…。

そのキラキラを従えて大天使ミカエルのように勇ましく、迷える経営者の元へと降臨して来るのが、兵庫県立大学国際商経学部教授の川上昌直さんだ。

スタイリッシュなスーツ姿の川上教授は爽やかな笑顔で熱く伝道する。
「サブスク時代に入っちゃいました」
「企業の収益を増大させて人々の暮らしを変える新たなビジネスモデルです」
「でも言葉だけが独り歩きして、重要な視点が欠けているんです」

サブスクリプション(継続購入)、通称サブスクは「リカーリング(継続収益)」というビジネスモデルの1つだ。その意味する所については、俯瞰マップを元にした解説も必要なので、川上教授の近著『「つながり」の創りかた:新時代の収益化戦略 リカーリングモデル』(東洋経済新報社)を参照いただきたい。

ソフトのサブスクは、もはや年貢

確かにサブスクで成功した企業が脚光を浴びている。例えばアメリカのA社やM社の業務用ソフトウェアは、課金方式をサブスクに転換して以降、売上や営業利益で過去最高を更新し続けていると聞く。

しかしユーザーとしての思いは微妙だ。我が社も長年のユーザーだが、パッケージ版で提供されていた時代にはこちらの都合に合わせて最新版をいつ買うか決められた。業況が悪いときは「○人分のアップグレードはしばらく先送り」と調整したりもできた。

でもサブスク化されて以降は否応なしに全社員分の月額や年額が出ていく。取引先とのデータ互換性を考えると”足抜け”もできないし、そもそも代替するソフトもない。事業を続けたければ払い続けるしかない。まるで税金だ。いや、税金なら法人税については赤字のときは免除されるが、利用料に免除は無い。むしろ豊作・不作にかかわらず徴収された江戸時代の年貢に近い。サブスクの導入により、寡占的ソフトウェアのベンダーは封建国家並みのパワーを手にした。

川上教授は「サブスクの主語は顧客」「ユーザー側にベネフィットが高い」と説くが、それは競合の多い商材に限ると思う。ユーザー側にさまざまな選択肢があり、契約をやめる自由があればこその話で、寡占的なソフトウェアの場合は「主語は企業」で「顧客は領民」だ。
もちろんこれを企業側から見れば、”早い者勝ちのネットワーク効果”を得るべく戦略を展開して勝ち取った正当な戦果だ。

一方、いっとき国内で話題になったラーメンや紳士服のサブスクのように早くも撤退している物も多い。サブスク・カーストのトップにはアメリカの”早い者勝ち”企業群が君臨し、底辺にはブームに乗じてラベルを変えただけの日本の物売り企業群が息も絶え絶えにひしめきあっている。

デジタル系の新興企業でないと無理?

先述したソフトウェアベンダや、ネット通販、映像・音楽ストリーミングサービスなど絶好調のプラットフォーマー各社は、いずれもアメリカのデジタル系新興企業ばかり。サブスクをグローバルに展開する強大なインフラ企業として他の追随を許さない。日本人も多くがそのヘビーユーザーとなっている。
これらの企業の例を見てもわかる通り、サブスクの成功要件は高度に設計された「顧客とのつながり」だ。

従来のマーケティングがターゲットとしてきたのは、販売時点で利益を確定する「売り切りモデル」。しかしサブスクでは「販売時点以降も続くユーザーとの関係性」を最重要視し、どこまでも顧客に寄り添って”伴走”する。購入までよりも購入後の方により手厚くタッチポイントを設ける”伴走”のおかげでCS(Customer Success=顧客成功体験)を得た顧客との間に、確かな互恵関係が結ばれる。

これには購入後の顧客の行動を可視化し、ニーズの半歩先に働きかけるプロアクティブな対応が必要となる。それを実現するためIoTやAIなどのテクノロジーが強力な武器になる。いきおい、デジタル系で最先端の企業がサブスク・カーストの頂上の座を占めることになる。課金方法を変えただけでCSを提供できていない物売り企業には太刀打ちできない。
と、ここまで説明してきたところで、「だから皆さんも早く最先端システムを導入しましょう」と締めるのが、メーカーやベンダー主催のビジネスセミナーだ。

しかし、大天使ミカエルこと川上教授の講演は、そんなありきたりの結論には終わらなかった。迷える中小企業経営者にも希望をもたらす、大いなる福音を授けてくれたのだ。「泥臭い労働集約型の超アナログ企業にも、リカーリングモデルはできます!」と。

一周まわって新しい、つながりの創りかた

サブスクを始めとするリカーリングモデル。課金方法にばかり目が奪われがちだが、その本質は「つながり」にある。企業から顧客への価値提案を「プロダクト」から「つながり」へと転換することで、ビジネスは劇的に変わる。
この「つながり」を具現化するのがメンバーシップだ。これさえ構築できれば、たとえ課金方法が売り切りであったとしても、リカーリングモデルとして収益の上がるビジネスへと変革することができる。

その好例として川上教授が紹介したのが「でんかのヤマグチ」。東京都町田市にある町の小さな電器店だ。町田駅周辺は家電量販店が6店も建ち並ぶ激戦区だが、ヤマグチは値引きを一切しない。定価でしか売らないのに、約9億円の売上で4億円の粗利益を叩き出しているという。

ヤマグチでは会員登録をしてくれたメンバーに対し、電池や電球の交換作業はもちろん、さらなる”裏サービス”を提供する。部屋の模様替えの手伝いから旅行中のペットの世話まで、頼まれたことは法令違反でない限り全て対応するのだ。しかも会費も取らない。

メンバーは購入の金額や時期によってA1~C3までの9つにランク付けされる。これにより”裏サービス”の対応に優先順位をつけているため、メンバーはみなA1ランクを目指して何もかもをヤマグチで揃えようとする。

メンバー管理は独自に開発したシステムで行う。C言語か何かで書かれた古めかしい物だというが、購入額や時期が集約されているだけでなく、営業マンが”裏サービス”でメンバー宅を訪問する際に綿密に収集した様々な情報も投入されている。これをもとにプロアクティブな対応を取るのだ。

ヤマグチではこの”裏サービス”を無料のおまけとは考えていない。既存の便利屋がやる以上のレベルで懇切丁寧にサービスすることを自らに課している。これによりメンバーとの「つながり」が強固な物となり、リカーリングモデルを実現させているのだ(詳しくは前掲の近著参照)。

国内サブスク市場は2018年度で5,627億円、2023年には8,623億円まで拡大するという試算もあるという。このブームに乗って閉塞状況から脱出したいと考える企業も多いだろう。
しかし「サブスク!」と呪文を唱えれば魔法のように高収益体質に変身するわけではない。天を仰いで浮き足立つ前に、まず目の前の顧客との「つながり」をいかにして創るかを考えよう。

(三代貴子)

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