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角幡 唯介「結婚と冒険」

2020年08月11日

角幡 唯介
作家・探検家
講演日:2019年12月5日(木)

角幡 唯介

結婚は、探検だ

探検家として知られる角幡唯介さんは、言葉による表現者でもある。年のだいたい半分は世界各地を探検し、あと半分はその記録をひたすら家に籠って、書く。半々の比重とはいえ、両者には両極と呼べるほどの激しいギャップがある。書くために探検するのか、はたまた探検するために書くのか。おそらく角幡さんの人生にはどちらも必要で、相互に絶妙なバランスが保たれてきたのだろう。膨大な著作のうちの多くが名だたる賞を総ナメにしている事実からも、それが窺える。

近年はもうひとつの極、「結婚」が加わった。探検家と結婚はどうみても相容れないもののように思えるが、実際、事あるごとに「なんで結婚したんですか?」と訊かれ続ける。しかしその前は「なんで探検なんかやるんですか?」と訊かれまくっていた。言葉のひとである角幡さんはムカつきながらも、結婚と探検について論理で道筋をつけられないか考え続けた。ところの結論が、「結婚は探検である」。何を大げさな、と思うなかれ。年の半分を死と隣り合わせで過ごし、もう半分をひたすら考え書いて過ごし、トータルで常にだいたい実存を思って生きている。そういう角幡さんの言葉に真理がなくてどうする。

【1】結婚はリスクだらけ

まずは、結婚=リスクヘッジというこれまでの常識を覆さんとする、角幡さんの新知見に注目されたい。

「細胞が日々入れ替わっていることからもわかるように、現実とはカオスそのもので、日々流転している。そのままカオスを受けとめるのは辛いから、人間はカオスをできるだけ計算可能なものに作り変えようとし、その中で未来を予測しながら生きていく」「だから未来予測とは、理性と言い換えることもできる(byハイデガー)」。よって毎日が予測不能だらけな結婚生活は「理性で考えれば、リスク以外の何物でもない」。

角幡さんが恐妻すぎるだけかもしれないが、冷静に考えると、人はよくも、自分のことすら本当にはわからないまま、他人というアナザー・カオスと同じ屋根の下に暮らせるものだなあという気がしてくる。親・子どもとて別の人格だから、血脈という幻想をとりはずせば、家族とはカオスの巣窟なのかもしれない。

一方、探検が予測不能なのは、言うまでもない。ましてや最近の角幡さんの探検は、GPSなどを持たず天測と読図のみでグリーンランドを犬橇で横断するという、極めてプリミティヴかつストイックなもの。「光がありさえすれば、自分の立ち位置がわかって、未来が見えてくる」。闇の本質、光への渇望をこれほどまでに重みをもって語れる人はそういない。

【2】そこに意志はなくていい

國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』の視座もまた、角幡さんの結婚=探検説をより強固にした。中動態とは、古代ギリシャの世界で主流だった動詞の「態」で、能動態と受動態の間にあるもの。つまり、人間の行為を「意志」の有無ではなく、「行為の中心にいたかどうか」で計る。意志などなくても、外側からの影響によって「変状」するのが中動態で、そのアティテュードは今の時代にも生き続けているのではないか。そんな國分さんの論旨にいたく共鳴した角幡さんは「俺の結婚は中動態だったのだ!」というひらめきとともに、同書の書評を文春で発表した。妻は当然のように激おこだったと、嬉しそうに語る角幡さん。ちなみに妻との出会いは合コンで、「理想の女性というわけではなかったけど、結婚はこういう人とするもんかなと思っているうちに巻き込まれていった」。西欧的なロマンティックラヴによってではない(多分。すみません)、ましてや前近代日本の家父長的価値観でもない。結婚とは、単なる中動態。その「相手との関わりの中で、抗いがたく生まれてくる事態」の感覚が、探検と似通っているのだという。

「以前、北極でアザラシを見かけたのに近づけず、狩りができなかった(食べられなかった)ことがあって。次は犬橇だ、と思いついて、試してみたら成功した。このアイデアは、過去の自分がしてきた探検の積み重ねが思い付かせてくれたもの。犬橇単独旅行を思いつける俺こそが、自分自身の本質だと感じられた。ああようやく自由になってきたなあ、角幡唯介の固有度が高まって来たなあと」

文明から切り離された、過激な自然の真っ只中へ、敢えて自分を追い込む。歩くカオスのような他人と結婚し子をなしてみる。どちらも、「不確定なものとつきあうことで、自分が変わっていく」のが面白い。やがてそこから「自分の物語が立ちあがり」「自分ならではの生を生きられるようになる」。

今日から結婚を探検と思えば、相手のことも大目にみられるのだろうか。うっわこの人なんでそのスポンジでその皿洗うかな!などとムカついていては進歩がない。「自立性の高い、オリジナル度の高い人生を生きるため」に自分を投げ込める場所は、すぐそばにもある。

(茅野塩子)

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