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夕学レポート

2025年06月06日

宮本 道人氏講演「SF思考が切り拓く未来:「もしも」を考えてVUCA時代を生き抜く」

宮本 道人
虚構学者、応用小説家、SF思考コンサルタント
講演日:2025年6月4日(水)

自由に考えるために

宮本道人

日本社会では自由な議論がしにくい。アイデア出しのような場でも、人より優位に立ちたい人が他人のアイデアを潰すような発言をしてしまったり、相手を叩くことが議論と考えているような輩がいる等、なかなかに難しいのだ。皆で話し合って方向を決めるディスカッションと勝ち負けのあるディベートの違いが認識されていないのではないかと思う。
そして「自由に考えて創造する」時の「自由」もこれまた難しいものである。ある程度の型を知らないと、いつまでも我流あるいは既存の問題点から抜け出せないまま終わってしまうことがある。一方でそうはいっても型を知っていて、そこから抜け出せなくなってもまた困る。そこでファシリテーターの上手な導きが必要となる。ワークショップ企画の経験を持つ者として今回の宮本道人氏の講演を楽しみにしていた。何よりもまず私は「SF思考」の言葉に惹かれた。SF思考って何?虚構学者って?期待に違わぬ講演だった。

宮本氏によると「人間はフィクションでプラットフォームを作ってきた」。思考の視覚化(ヴィジュアライゼーション)の概念と同じだろうか。これは頭の中に既にある概念が現実を作っていくことであり、宮本氏は著作の中で「人間が生み出し、長い年月にわたって語りつがれたフィクションを記したテキストは、さまざまな形で現実に影響を与えながら人類の発展をドライブしてきました」とさらに一歩進めている。

ではなぜSFなのか。 SFは未来を自由に創造しているからだといい、作中の概念やアイデアにビジネスパーソンが影響を受けて新ビジネス創造の源泉になっていることを具体例として挙げた。紹介されたのはジェフ・ベゾス、イーロン・マスク、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグ、ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン等、もう錚々たる顔触れだ。確かにSFとITは相性が良さそうに思える。ところが、宮本氏はそれで終わらない。

SFは何とジェンダーやエスニシティ等を考える上でも相性が良いのだと指摘する。これは私にとって新鮮な指摘だった。『侍女の物語』『Ms.マーベル』のようなSFが契機となり、性差の科学的な分析をしてイノベーション(ジェンダード・イノベーション)を生む、あるいは人種、エスニシティ、ジェンダー、階級など、様々な軸の相互作用を考慮する(インターセクショナリティ)契機となっているそうだ。例えば男女では身体の大きさに差があるのにも関わらず、男女とも同量の薬の服用が定められていることで女性の側に副作用が多く出るのに気づくこと、また黒人女性の宇宙飛行士がSFに登場することでロールモデルとなり、実際に黒人女性の宇宙飛行士が誕生したこと等が挙げられた。そこで改めて前述のビジネスパーソンの顔触れが見直される。属性が全員「リッチでマッチョな白人男性」になっていて、これはこれで問題がある図となっていることも併せて言及した。重要な指摘である。特に丸の内で行う講演では。(この日の会場は男性ビジネスパーソンの参加者が大半であった。)

SFで描かれる自由な社会像を通して現実社会を見直すことで「これっておかしいんじゃない?」と既存社会の在り方の問題に気づいたり、他の可能性を想像して現実世界で創造したりする。フィクションが現実に影響する。「自由に考える」ためには、自分の中に無意識にある既存の枠を取り払わなくてはいけないのだが、無意識であるがゆえにとても困難である。これは外国に暮らして「自国の『当たり前』」が「当たり前でない」ことに初めて気づくのと同じかもしれない。ただし誰もが外国に暮らせるわけではないのでSFを使用するのは上手い手法だ。
自由に考えるとはかくも難しい。

SF思考のワークショップの在り方に説明が移ると、運営する側の工夫が随所にあることがわかる。参加者が平等になれるように対面ではなく、敢えてオンラインでの実施をすることで、発言力のある一人の発言に引きずられないようにする。フィクション上の「キャラクターの意見」として議論をすることで意見が(現実社会では上下関係にある両者間で)異なっていてもマイルドになる等の工夫を凝らしているそうだ。ワークショップでのありがちなミスとして価値観が異なるアイデア、問題のあるアイデア、違和感のあるアイデアが頭ごなしに否定されることを挙げている。確かに (悪い意味での)パワフルな発言者や上下関係の存在はこうしたものを排除してしまいがちなので有効な手段だろう。

講演では未来ストーリーの作劇メソッドも紹介されたのだけれど、進め方などの詳しい説明は時間切れになってしまった。楽しみにしていただけに残念だ。それでもIT企業だけでなく三菱総研や農水省でのワークショップの様子が語られて可能性を感じた。今回は時間が足りなかったけれども、SF思考はIT企業に限らないことをもっと強調して欲しい。実際は「過去のおはなしの力」を、説法として説く僧侶へ「未来のおはなしの力」を考える講演も宮本氏はされているので単なる製品・サービス開発やビジョン創造のためでないことをもっと知りたい。それにしても灘中学・高校や日比谷高校でワークショップをしているのはさすがに学校側も目の付けどころが違うというか、妙に納得してしまった。私の友人の「謎作家」も灘高出身である。灘高って素敵な校風の学校なんだろうな。

今回の講演で共感できたのは「一つの確たる夢ではなく、可能性をたくさん持つことが大事」といった点にある。「未来を未来として考えるのではなく、フィクションで可能性を想像する」「(SF作品には)起こりうる事態が多様なバリエーションで想定されている」からこれを契機としていく点にあった。これこそが先が読めないVUCA、リスク社会を生きる鍵という宮本氏の主張はもっともである。「先が読めない」、それは人生の全てにおいていえることなのだから。

(太田美行)


宮本 道人(みやもと・どうじん)

宮本 道人
  • 虚構学者、応用小説家、SF思考コンサルタント

1989年東京生まれ。慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。
筑波大学国際産学連携本部産学連携准教授、慶應義塾大学SFセンター特任講師、ZEN大学客員講師。
フィクションと科学技術を組み合わせてイノベーションを生む手法を研究。三菱総合研究所、NEC、日産自動車など、企業の未来共創企画に協力。NON STYLE石田明氏らと共同研究し、VR漫才システムを開発。NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」、TBSラジオ「パンサー向井の#ふらっと」などに出演。東京藝術大学大学院、灘中学校・高等学校などでゲスト講義。日経新聞、AI学会誌、VR学会誌などで連載、『現代思想』『実験医学』などに寄稿。
著書に『古びた未来をどう壊す? 世界を書き換える「ストーリー」のつくり方とつかい方』、共編著に『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』、『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』など。
原作担当漫画「Her Tastes」でマンガミライハッカソン大賞および太田垣康男賞受賞。
『SF思考』は中国で翻訳出版、「Her Tastes」は国立台湾美術館で招待展示された。

宮本道人WEBサイト:https://dohjin.tumblr.com/profile
X(旧Twitter):h@dohjinia

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