夕学レポート
2025年06月16日
安斎 勇樹氏講演「問いかけの作法:軍事的世界観を脱却して、冒険するチームをつくる」
いかにもイマドキの人気職業なので黒いTシャツ姿での登場を予想していた。黒Tシャツではないもののそれなりにイマドキ講師の装いで登場した安斎勇樹氏であったが、途中からイマドキでないものを感じた。姿勢がとても良いのである。何とも懐かしい落ち着いた立ち姿で、古き良き時代の先生方を思い起こさせた。いわゆるイマドキの商売をしている若い人達で腰が据わっておらず中腰で落ち着きのない歩き姿をしているのを見かけることがある。2時間立ったままであるのに立ち姿の美しさが最後まで崩れないので武道でもしているのだろうかと思った。
講演はビジネスの考え方における世界観の変化から始まり、組織のシフトを妨げる2つの現代病、コミュニケーションにおける認識になぜずれが生じるのかの説明、処方箋としての「問い」のデザインといった、大→小の矢印の方向で進められた。
1940年代から80年代まで経営論は軍事的な世界観に基づいていたが、当時と現在とではキャリア観や事業観が大きく変化していて、個人と組織共に仕事の意味が問い直されている。軍事的世界観は第二次世界大戦後から80年代までは時代に合致していた。成長期では定められた戦略と計画の遂行のため、管理職が従業員の調達、管理、育成をする。成功体験を繰り返すことが成長に繋がったと安斎氏は振り返った。よくいわれるように戦略、計画、調達、管理、育成の言葉は軍事用語から来ている。この軍事的世界観は「視野」を狭くしてしまう。戦場で兵士はいちいち上官の指示をあれこれ検討することも哲学的思考もすることは求められていない。特殊な場であるがゆえにそのまま遂行することが求められる。戦後の右肩上がりの経済状況では上司から指示される、いわば過去の成功体験の繰り返しでも良かったが、結果としてものの見方が凝り固まる「認識の固定化」の病にかかる。恐らく当時でもゲームチェンジャーは存在したのだろうが、全体として過去に成功した製品をより改良したものが売り上げの多くを牽引していたのだろう。それが結果として自分たちが何のために製品やサービスを生み出し改良していくのか、ひいては何のために働いているのかの根源的な意味を忘れていくことになってしまうのだ。だからこそ古い「とらわれ」から抜け出すために問いかける。
けれども上司や会議担当者が問いかけても社員からアイデアは出てこない。なぜだろう。安斎氏はすぐに答えや処方箋を出さず、代わりにその場で起きている互いの認識のずれを説明する。問いかけるマネジャーの側にある認識や価値基準と、アイデアを出すメンバーの認識や価値基準にはずれがある。そのずれに気づかないまま、マネジャーが見当違いな叱責をしたり、聞く耳を持たないといったことが積み重なると誰も発言しない「お通夜ミーティング」が発生する。互いの価値基準のどこにずれがあるのかについて想像を働かせることが対話だという。とても良い説明だった。日常で「(互いの価値基準にあるずれの)レイヤー(部分)で想像を働かせること」はなかなかされていないと思う。本当はしなければならないのにマネジャーが力関係やこれまでの思い込みで押し切る、一方メンバーの側も「提案しても無駄だから」と諦めているケースがどれほど多いことか。この重要性はよくわかる。
こうした価値基準のずれを理解し尊重した上で行うべきなのが「こだわり」を育てつつも同時にそれが「とらわれ」でないか疑い、問い直しのサイクルを回し続けることだという。
そこからようやく「問いかけの作法」の説明が始まった。この説明の順番の在り方はとても大事だ。なぜならこの世界観の変化や認識のずれを説明しない限り、どんなに問いかけの方法を説いてもそれは単なるノウハウに過ぎない。真の理解には至らないし、そこに些細な要因の違いがあればすぐに無効になってしまう恐れがある。
そして何より相手を理解するために必要な相手への敬意がなくなってしまう。
「問いかけの『作法』」とはいい得て妙である。これが「問いかけのノウハウ」や「問いかけの技術」ではニュアンスが異なるはずだ。作法の言葉には「ノウハウ」や「技術」の言葉にはない、お互いを尊重しましょうといった相手への敬意が感じられる。この『問いかけの作法』の続編、そう『問いかけの作法 ~親子編~』を私は期待している。親子の会話こそ、この作法が必要だ。圧倒的な力関係があり、子供の側はものの考え方も語彙力も未熟だ。親の側は自分の論理のみで進めることができてしまう。しかしそれではコミュニケーションが不成立で不満をもたらして拒否すら生んでしまうかもしれない。安斎様、『親子編』を待っています。
今回提示された考え自体もいつかは「とらわれ」になるかもしれない。いつの日か日本社会でもミーティングや議論が今よりも上手くできて新たな行き詰まりを感じる時が来るかもしれない。けれども安斎氏は新しい解決の仕方を見つけて提示してくれるような気がした。というのも、安斎氏自身が自分の「とらわれ」を手放すことをルーティンにしているのだ。毎年末それまでの「自分の得意」を手放すようにしているそうだ。「ファシリテーションのキャリアを突き詰めていくとマンネリが待っているような気がしたから」とあっさりいうが、得意技を手放すのは言うは易く行うは難しである。安斎氏が武道経験者ではないかとの思いがますます強くなった。武道では得意技は便利であるけれどそこを抑えられたら行き詰る。そして著書の中に「熟達」「型」「守破離」「終わりなき鍛錬の道を歩んでいく」との文言を見つけて確信に近くなった。ビジネスの世界観以上に安斎氏自身の世界観がどこから来たものか、とても気になる。
(太田美行)
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安斎 勇樹(あんざい・ゆうき)
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- (株)MIMIGURI代表取締役Co-CEO、東京大学大学院情報学環客員研究員
1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。ウェブメディア「CULTIBASE」編集長。組織づくりを得意領域とする経営コンサルティングファーム「MIMIGURI(ミミグリ)」を創業。
資生堂、シチズン、京セラ、三菱電機、キッコーマン、竹中工務店、東急などの大企業から、マネーフォワード、SmartHR、ANYCOLORなどのベンチャー企業に至るまで、計350社以上の組織づくりを支援。企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について探究している。また、文部科学省認定の研究機関として、学術的成果と現場の実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高める「知の開発」にも力を入れている。
主な著書に『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』、『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』、『チームレジリエンス』、『ワークショップデザイン論』などがある。最新刊『冒険する組織のつくりかた』は3年ぶりの単著。Voicy『安斎勇樹の冒険のヒント』放送中。
WEBサイト:http://yukianzai.com/
株式会社MIMIGURI:https://mimiguri.co.jp/
X(旧Twitter):@YukiAnzai
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2025年6月24日(火)
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物理学の最先端研究をご紹介しながら、物理学者の思考法をお伝えします。生活や仕事でクリエイティビティを発揮するヒントとなりましたら。


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