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夕学レポート

2025年12月22日

小林さやか氏講演「能力の引き出し方 ~米国アイビーリーグで学んだ最新の認知科学とその実践~」

小林 さやか
ビリギャル本人
AGAL 代表取締役
講演日:2025年12月18日(木)

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ご存知、ビリギャル。成績ビリの女子高生が猛勉強して慶應義塾大学に合格するお話だ。映画にもなり大ヒットした本の作者はその先生の坪田氏だけれど、今回の講師はビリギャルだった小林さやかさん本人だ。ビリギャル本人が語る意味とは何だろう、と考えていた。

小林氏も冒頭で講演の目的を語る。
「『さやかちゃんは元々地頭が良かったんだよ。うちの子は地頭が悪いから駄目』といわれることが驚くほど多かった。自分は地頭が良かったわけではなく、トレーニングで伸びることはわかっている。『地頭が悪い』といわれると子供はそこで勉強しなくなる。だから『昔の私がなぜあんなに変われたのかを科学的に説明したい』との思いから認知科学を学び、語ろうと思った。」
「地頭が悪い」の一言で片づけるのはやりがちで簡単だけれども、原因の特定化や対策も立てずに全てを一瞬にして諦める悪魔の言葉である。

熱い思いが詰まった2時間の講演は、とても整理されていてわかりやすく共感できる内容だった。まず何といっても言語化がきちんとされていることが印象的だ。この言語化されているという点は重要で、言語化されているからこそ解決法や方法論に繋がっていく。小林氏は当初「教わる側」として、次に認知心理学を「学ぶ側」として整理、言語化していったのだろう。

幸せには2種類あり、一つはヘドニック・ウェルビーイング(Hedonic Well-being)といい、「嬉しい」「楽しい」などのポジティブな感情を多く、そして「悲しい」「辛い」などのネガティブな感情を少なく感じている状態のこと。もう一つはユーダイモニック・ウェルビーイング(Eudimonic Well-being)といって自分の能力を生かして何かを達成したり、成長できたと感じる、経験から得られる幸福感のことを指す。長期的な幸せを感じるためには後者が必要だ。

そして後者の実践には (1)マインドセット、(2)モチベーション、(3)失敗できる環境の3つが欠かせない。
一つ目のマインドセットではまず認知というものが、(育った環境などにより)一人一人捉え方が違うためにその後の行動を変えると説明された。人はネガティブなことを思考した途端に普通のことができなくなる。そこで認知(思考の枠組み)を変えて感情を変えることが必要となってくる。人はネガティブに生まれついている。だからこそ「自分はできるぞ」とのポジティブなマインドセットを作るのだ。

「CAN(期待値)」(自分にはできる!と思えること)+「WANT(価値)」(それなら頑張ってやりたい)の2つが必要だ。「あとちょっとの所でできるような気がする」と思える範囲のタスクの時に人は一番燃える(=熱中してパフォーマンスが最も高い「フロー」状態)。簡単過ぎても、難し過ぎても駄目なのだ。いかに意図的にフローに入れるかが大事で、小林氏の先生はその匙加減が抜群だったのだろう。何よりもビリギャルに関心を持って話を聞いてくれたことが大きい。

そして2つ目のモチベーション。小林氏の場合は「慶應に行って櫻井翔君に会う」という強烈なモチベーションがあった。動機づけが最も高まるのは価値(Value)を感じる時である。ラーメンを食べたくない時、強引に「ラーメンを食べに行こう」と誘われても人は魅力を感じない。

3つ目の失敗できる環境について。自信には2種類ある。一つには「自己効力感(Self-Efficiency)」。これは行動や成果に対しての自信でいわば「根拠のある自信」。もう一つは「自己肯定感(Self-Esteem)」で自己の存在に対しての評価であり「根拠のない自信」。小林氏は「根拠のない」と表現したが、むしろ「幼少期からの周囲の声がけで育まれるもの」ではないかと思わなくもない。小林氏は前者の「自己効力感(Self-efficiency)」を育てたくて起業した。オンライン英会話の会社ではあるけれど、顧客へ真に提供したいのは「自己効力感を育む力」だという。

自己効力感を育むには「代理経験」(他者の経験を見ること)、「生理的・情緒的状態の解釈」(試験前の手の震えを肯定的・否定的のどちらで捉えるかなど)、「言語的説得」(他者からの励ましやフィードバック)、そして「直接的経験」(過去の成功体験など)の4つの方法がある。

4つの中で最強なのが「直接的経験」で、この経験を積むために試行錯誤が必要だが「日本社会は試行錯誤をさせてくれない」と小林氏は訴える。誠にもって同感だ。「失敗したらかわいそう」とばかり必死になって止められる「失敗してはいけない社会」なのだ。

アインシュタインの「失敗とは成功するための通過点。失敗したことがない人は何かに挑戦したことがない人だ」、またエジソンの「私は失敗したことがない。上手くいかないやり方を10,000通り見つけただけ」の発言が紹介された。しかしそれですら日本では「アインシュタインやエジソンだからできたのであって、話としては良いけれど実行するのは無茶だ」「本気で信じてるの?」と言われる。私はそうした発言を何度聞いただろう。

小林氏が実際に高校生から相談された話も強烈だった。「商業高校から早稲田?リスクがでか過ぎるから止めなさい」と先生に言われたという。小林氏は「受験したからといって命を取られるわけでもない。『挑戦しない世界線』と『挑戦した世界線』。例え不合格でも明治には合格するかもしれないし、成長するのが後者であることは明らか。可能性に蓋をしてプラスになるものとは何か」と熱を込めて再度訴えた。「リスクを取らない、失敗を許さない文化」の弊害は私たちが思っているよりも大きいのではないかと。

新聞の人生相談欄に投稿した女子高生で類似の進路相談があったのを思い出す。大学で歴史を学び将来は博物館に勤めたい。史学関係で進学することを希望しているが、先生や親が「狭き門だから止めて公務員を目指しなさい」と言われた。けれども自分は歴史を学びたい。そうした内容で、これでは本人の「学びの動機(モチベーション)」まで奪っていると強いショックを受けた。まだ大学の進路検討時に「(本人が喜びを感じる)学びを諦める」のなら、人は何のために学び生きるのか。本末転倒だ。

だからビリギャル本人が科学的な「あなたにもできる」形に説明して人々へ認知させ、一人でも多くの人が実践して新たな成功例になることが重要なのだろう。人のやる気に冷や水を掛けるようなことをいう人は世間にごまんといる。そんな人たちを説得しながら生きるのは大変だし、その必要もない。自分の心の内にある情熱を大事に温めて「実践する人」になるしかない。そうした人が増えるほど誰かの代理体験になり得て、それを見た別のビリギャルのやる気に火をつけるのだろう。
小林氏から使命のバトンを渡されたように感じる講演だった。

(太田美行)


小林 さやか(こばやし・さやか)

小林さやか
  • ビリギャル本人
  • AGAL 代表取締役

 

1988年、名古屋市生まれ。中学・高校でビリを経験。素行不良で何度も停学になり、高校2年生のときの学力は小学4年生のレベルで偏差値は30弱だったが、塾講師の坪田信貴氏との出会いを機に大学受験を目指す。その結果、1年半で偏差値を40上げて慶應義塾大学に現役合格を果たした。その経緯を描いた坪田氏の著書『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』は120万部を超えるミリオンセラーとなり、映画化もされた。大学卒業後、ウェディングプランナーとして従事した後、ビリギャル本人としての講演や執筆活動など、幅広い分野で活動中。2019年4月より教育学の研究のため聖心女子大大学院に進学し、2021年に学習科学の修士課程を修了。2022年よりコロンビア教育大学院へ留学し、2024年に認知科学の分野で修士号を取得。講演実績は500回を越え、noteやYouTubeでも自身が経験したことや学んだことを発信している。2024年12月にはAGAL株式会社を設立し、2025年11月オンライン英語学習サービスをローンチ。新著に認知科学に基づいた勉強法をまとめた『私はこうして勉強にハマった』(サンクチュアリ出版)がある。

WEBサイト:https://birigal.biz/
X(旧Twitter):@sayaka03150915
ビリギャルチャンネル:@birigal
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