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平野 啓一郎「ネットは文学の何を変えるのか」

2008年04月08日

平野 啓一郎 作家 >>講師紹介
講演日時:2008年1月24日(木) PM6:30-PM8:30

平野氏は23歳の時、『日蝕』で「芥川賞」を受賞、文壇に華々しくデビューされました。これは史上最年少タイの快挙ですが、同じく23歳で芥川賞を取った石原慎太郎氏の『太陽の季節』や、村上龍氏の『限りなく透明に近いブルー』は、それぞれの小説が書かれた時代の若者の思いを力強く反映したものであったのに対し、平野氏の『日蝕』は、中世ヨーロッパを舞台としたものであり、同世代の声を代弁するものではないと言われています。
それについて、平野氏は、そもそも世代として一括りにできるのは、誰もが強制的に体験させられた「戦争世代」くらいで、団塊の世代にしろ、また平野氏が属している団塊ジュニア世代にしろ、生まれも育ちも違い、考え方や興味も異なる様々な人々で構成されているのが現実であり、自分の世代の声を受け止めることはできないと考えてきたそうです。


実際、2003年くらいから個々人がブログを通じて積極的に情報発信するようになったために、それまで見えなかった人々の「圧倒的な多様性」が可視化されてきています。したがって、作家がその世代を一括りにして語ろうとすることは非常に粗雑な考え方であり、むしろ、同じ世代であっても様々な違う生き方、考え方を持った人々がたくさんいることを認識し、無理やりまとめるのではなく、バラバラのまま掬い取るシステムを採用したのが平野氏の世代だったと平野氏は主張します。
さて、インターネットの普及によって、作家には住む場所の自由が与えられました。平野氏は過去に10年ほど京都に住んでいましたが、ネット登場前は、原稿をフロッピーディスクに落として郵送する手間があるため、締め切りが早めに設定されていました。また、原稿が途中で紛失するかもしれないという心配もありました。作家という職業は、本来あまり場所に制約されないものだと思いますが、やはり首都圏に住んでいたほうがなにかと便利だったのです。しかし、今、作家は世界中どこにいても原稿を書き、ネットを通じて編集者に即座に原稿を送ることができます。これによって、作家の中には、積極的に地方に住むことを選択している人がいるそうです。このおかげで、その地方ならではの題材を小説に取り上げていく作家が増えていくかもしれません。
そして、東京に住んでいると、どうしても膨大な情報を処理することにばかり時間を取られてしまいます。しかし、平野氏が京都に住んでいたころは、それほど情報処理に追われることなく、自分で考える時間もしっかり確保できていたとのことで、ネットによって場所の制約が取り払われた今、地方に住むことのメリットは大きいようです。
また、ネットは執筆に欠かせない取材や調べものをずいぶん楽にしてくれたそうです。『日蝕』を書いた頃は、まだネットを活用しておらず、例えばゴシック建築のある部分の名称を調べるために、京都の古書店を回るということもしたそうですが、現在は、ネットでたいていのことが調べられますし、大学の蔵書を検索して、必要な文献を取り寄せるといったことが簡単になりました。ただ、作家の多くが、情報収集にネットを積極的に活用するようになったため、出版社で作家の文章の記述の正しさを確認する校閲者の話によれば、作家の文章の出処がネットのどの情報なのかが容易にわかるケースがあるとのことでした。ネット上の情報はすべてが信頼に値するとはいえないわけですから、今後、ネットの情報源に依拠して文章を書くことによる問題の発生が懸念されます。
平野氏は、情報検索だけでなく、面白い題材を発見するために個人のブログをよく見るそうです。従来、作家は、普段なかなか人が知りえないことや、まだ日が当たっていない特殊な世界などを発掘し、小説のテーマとしてきたわけですが、現在はそうした特殊な情報がブログ上にあふれています。したがって、膨大なブログ記事の中から人々の関心を引くような、価値ある題材をいかに選び出してこられるかに「作家のセンス」が問われてくるのではないかと平野氏は指摘します。そして、こうして選び出したリアリティのある題材に、作家としてどのような付加価値を加えることができるかが重要であり、小説の「意義」、あるいは「本質」とでも呼べる点は、膨大な情報があふれるつかみどころのない広大な世界の中から一部の断片を選び出して「小さく説く」ことで、世界を実感させてくれるものが「小説」ではないかと平野氏は考えています。もちろん、ブログにもまず書かれることのない業界固有のディープな情報は、関係者との信頼関係が構築できてようやく得られるものであり、ネットだけに頼るのではなく、直接人に会うことの重要性もまた、平野氏は強調していました。
さらに、ネットを活用することによって、これまで続いてきた一人の作家が一つの作品を仕上げるというスタイルだけでなく、例えば5人がネット上でファイルを共有し、Wikipediaのように小説を共同で仕上げていくという執筆スタイルが出てくる可能性や、ケータイ小説のブレークによって示された電子媒体の進展、また、小説を読んだ人の反応(感想など)がネット上で入手容易になったことにも平野氏は言及し、さまざまな面においてネットが文学を大きく変えつつあることを示してくれました。
最後に、小説の置かれている状況、時代の感覚というものについて示唆のある認識を披露してくれています。
「9.11」はゆるやかな共通理解があったところに、あまりにも遠い他者の登場であった。それ以降、他者をどう評価していくのか、他者とどう共同していくのかが問われているし、世界は多極化の方向にむかっている。答えはひとつではなく、問題は無限に拡散している。それらを立体的に対処できないところに現代性がある。
これからの平野氏の小説の行方に期待したいと思います。

主要図書
あなたが、いなかった、あなた』新潮社、2007年
ウェブ人間論』(梅田望夫との共著)、新潮社(新潮新書)、2006年
本の読み方 ―スロー・リーディングの実践』PHP研究所(PHP新書)、2006年
日蝕』新潮社、1998年(2002年・新潮文庫) ※韓国語・フランス語・台湾語訳

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