HOMEへ戻るMCCマガジン佐佐木 幸綱「万葉のうた、現代のうた」

佐佐木 幸綱「万葉のうた、現代のうた」

2009年04月14日

佐佐木幸綱 歌人、早稲田大学 教授 >>講師紹介
講演日時:2009年1月30日(金) PM6:30-PM8:30

昭和の初めから30年代まで、万葉集は一般大衆にとても人気がありました。特に戦時中は、外地に赴く兵隊が持参する本として、毎日読んでも飽きない万葉集が選ばれることが多かったという意外な話から佐佐木氏は話しはじめました。
万葉集は7世紀後半から8世紀後半頃にかけて編まれた、日本に現存する最古の歌集ですが、ずっと昔から読まれていたわけではありません。一般教養として日本の古典を知っておくには、古今和歌集、源氏物語、伊勢物語の3つを読めばよいと言われていたため、万葉集はごく限られた古典の研究者が取り組む程度でした。一般の人たちが万葉集を読むことはあまりなかったそうです。
しかし、日本が鎖国を解き、明治時代に入って世界に開かれた国となった時、英国の代表的な文学ならシェークスピア作品と言われるように、日本を代表する文学作品に「万葉集」が仕立て上げられ、国家プロジェクトとして日本国民皆が万葉集を読むことを推進したのだそうです。
この時なぜ、万葉集が、いわば「国民歌集」として選ばれたのでしょうか。


佐佐木氏によれば、明治時代における「我」、自我の問題が根底にあるそうです。それまで家のため藩のために生きよと教え込まれた人々が、自分のために生きようとする、そんな時代背景があります。そして万葉集は荒削りでシンプルながら、「われ」、すなわち「自分自身」の心境などを歌った短歌が多く見られ、「日本人の原型」として押し出すにふさわしいと考えられたということです。
例えば、藤原鎌足の次の歌。

我はもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり

天智天皇と大化の改新を成功させた立役者の藤原鎌足は、内大臣という高位の官職を与えられ、そして宮中の女官(采女:うねめ)を下賜されます。安見児(やすみこ)は采女のことで、天皇の妻ともなる資格をもつ女性たちですから、藤原鎌足が手に入れたことは特別扱いを受けていたことを物語っています。つまり、この歌は、周囲の人が手に入れられないと言っていた女性を妻とすることができた自分のことを歌ったものであり、詠み手と歌の中の主人公が同一人物です。
それに対し、平安時代に編まれた古今和歌集では自分を歌った内容はあまり多くありません。
この時代、和歌は特定のテーマを決め、そのテーマに基づいてみんなで詠み比べあうことをしました。特定の題に沿って詠むことを「題詠(だいえい)」と呼びます。また、判者をもうけ、詠み比べて勝負することを「歌合(うたあわせ)」と言います。
例えば、古今和歌集に収録されている次の歌は、「待つ恋」が題でした。

今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな(素性法師)

素性法師は男性ですが、この歌では、愛しい人を待ち続けて朝になってしまったという女性の心境を歌っています。つまり、自分自身ではなく、題に沿って仮想の女性の立場で詠んだ歌であり、詠み手と歌の主人公が異なります。
佐佐木氏は、万葉集、古今集、新古今集のそれぞれに収録されている和歌に含まれている「われ」(自分)に相当する言葉の登場回数を数えています。万葉集の場合、総歌数4,500において「われ」は1,780回登場しており、総歌数に占める比率は39.5%に上ります。一方、古今集は総歌数1,100に対し、「われ」の登場回数はわずか140、新古今集は総歌数1,980に対し同160であり、比率では古今集12.7%、新古今集8.0%。万葉集において「われ」の使用率が圧倒的に多いことがわかります。
このように、古今集以降、作者と作中の「われ」とが無関係になっていたのが、明治時代に入ると、作者と作中の「われ」が同一の歌が多くなってきます。
佐佐木氏は、明治時代の歌人、与謝野鉄幹(与謝野晶子の夫)の次の和歌を紹介されました。

われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あゝもだえの子

歌は声に出して詠むものであり、もともと藤原鎌足の歌のように「宣言」をするためであったり、言うことにより状況を作り上げるという「言霊(ことだま)」を発揮させるのが歌の役割であったようです。この歌では「子」でリズムをとり、強く「われ」を主張しています。
さらに、よく知られた石川啄木の次の歌。

はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る

いずれも、自分自身のことを歌っています。
万葉集は、官によって「国民歌集」に位置づけられ、国策としてその振興が図られました。
しかし、一般の人々にとっても、明治以降、「自我」に相対せざるをえなくなった状況において、「われ」を歌う詩歌が多く含まれている万葉集に共感を覚えた。このことが昭和の初期において人気が高まったことの背景にあると佐佐木氏は考えているそうです。
佐佐木氏のお話は、子供の頃、なんとなく漠然と学んだだけの万葉集を初めとする日本の詩歌について、新たな発見を与えてくれる興味深い内容でした。とくに「今はこうだけど、そうではないだろうという思いが歌になっていくのだと思います。」という締めくくりの言葉に、歌が連綿とつながりながらも変容を続けてきた源をみたようで感銘をうけました。

主な歌集
群黎』新潮社(新潮新書)、2003年 <第15回現代歌人協会賞受賞>
はじめての雪』短歌研究社、2003年<現代短歌大賞>
百年の船』角川書店(角川文庫)、2005年
評論、その他著作
佐佐木幸綱の世界(1~16巻)』河出書房新社、1998年~99年
詩歌句ノート』河出書房新社、新聞出版、1997年
万葉集の〈われ〉』角川学芸出版(角川選書)、2007年

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