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福島 智「バリアフリーと私たちの未来」

2010年03月09日

福島 智 東京大学先端科学技術研究センター 教授 >>講師紹介
講演日時:2009年12月21日(月) PM6:30-PM8:30

福島智氏は、9歳の時に失明、18歳で聴力を完全に失い「全盲ろう者」となりました。全盲ろう者は、英語では‘Totally deafblind person’と呼ばれ、「何も見えない」「何も聴こえない」という人を指します。ヘレンケラーと同じ障がいの状態であるため、福島氏は‘日本のヘレンケラー’と形容されたこともありました。ただし、福島氏の場合、成人近くまで耳が聴こえていたこともあり、スピーチには支障ありません。今回のご講演には、おふたりの「指点字通訳者」を伴って登壇され、ご自身の肉声でお話しくださいました。
福島氏はまず、全盲ろう者の生活がどんなものなのか、エピソードをいくつか話してくれました。18歳で目も見えない、耳も聴こえないという状態になった時、福島氏が特に困ったことのひとつは、「どうやって朝起きるか」ということでした。全盲ろう者が外界の情報を得る主な手段は「肌感覚」です。そのため、携帯電話のマナーモードのようなバイブレーション(振動)を使う目覚まし時計を使います。しかし、その目覚まし時計は、福島氏には振動が弱すぎて起きることができませんでした。


そこで福島氏が購入したのが電動マッサージ器でした。手で持って肩などに当てる30センチほどの大きさのもの。これを枕元に置き、タイマーをつないで寝ます。マッサージ器はかなり大きな振動になるので、福島氏も朝ちゃんと起きられるようになったそうです。とはいえ、さすがに毎日使っていると大きな振動にも慣れてくるそうで、なかなか起きられなくなるのは普通の目覚ましと同じとのことでした。つまり一度は目覚めるけれど、また眠ってしまうことがあるそうです。
福島氏が全盲ろうになった時、上述したような生活上の不便以上に大きな壁が生まれました。それは「コミュニケーションの壁」です。話す相手の声が聞こえない、相手の表情も見えないというのは、会話をする上で非常につらい状況です。寂しさ、孤独感、頼りなさ、そんな気持ちが高まり、自分から話をする気がおきなくなったそうです。
当初、お母様とは、点字で会話をされていました。点字は6つの点を使ってひとつの文字を表します。点字を打つ簡便なやり方に、金属の太いはりのようなものを用いて紙に点を打ち出すという方法があります。しかし、この方法だと、ひとつひとつ点を打っていくので、時間がかかります。
「点字タイプライター」という機械もあります。一般のタイプライターと同じような仕組みで文字を打ちますが、キーは6つのみです。左右に3つずつキーが配置されていて、両手を使って1タッチで一文字分の点字を打てるので、時間短縮ができます。ただし、機械は重くかさばり、携帯には適しません。また、キーを打つ音が大きく、病院など静かにしなければならない場所では迷惑になるため、使える場所が限られてしまいます。
ところが、ある時、点字タイプライターの使用方法を参考にして、お母様が「指点字」というアイディアを思いつかれました。点字タイプライターは、左右に配置された3つずつのキーを右手、左手の3本指で同時に操作して、6つの点からなる点字を打ちます。であれば、福島氏の左右3本の指をタイプライターのキーに見立てて、別の人が点字タイプを打つように同時に触れてあげれば、文字が認識できるだろうということです。
お母様が、福島氏の指をタイプライターを打つように触れて伝えた最初の言葉は、“さとし、わかるか”だったそうです。「指点字」が生まれた瞬間です。指点字は道具も紙も不要です。どこでも言葉を伝えることができます。指点字のおかげで、福島氏は再び自由・気軽にコミュニケーションを楽しむ喜びを取り戻したのです。
福島氏は、全盲ろう者として日本で初めて大学に進学し、その後は世界で初めて常勤の大学教授にも就任されています。研究対象は、ご自身の障がい者としての経験も活かした「バリアフリー」です。福島氏によれば、バリアフリーには次の4つの側面があるそうです。
1.物理的側面
段差の解消といった日常生活の障害を減らしていくこと。
2.情報・文化的側面
視覚障がい者にとっての点字、聴覚障がい者のための字幕など、世の中の様々な情報、さらには文化を障がい者にも伝えていくこと。
3.心の側面
障がい者に対する偏見や差別をなくしていくこと。福島氏自身、全盲ろう者として初めて大学入学が決まり、メディアにも取り上げられて世間的にも知られる存在になっていたにも関わらず、住むところを探そうとしたら、不動産屋さんや大家さんに「障がい者は勘弁してほしい」と言われ、なかなか入居先が見つからなかったそうです。この時は結局、隣の部屋に福島氏の友人が住むという条件で、ようやく借りることができたとのこと。まだまだ障がい者に対する偏見は強いものがあるのです。
4.法制度
福島氏が大学入学を考えた時、そもそも全盲ろう者が入学試験を受けられる体制が整っていた大学は限られており、ほとんどは門前払いでした。こうした問題は、法制度の制定・改訂を通じて、障がい者にも一般の人と同様の権利を与えることが必要です。
ところで、バリアフリーと関連した言葉に「ユニバーサルデザイン」があります。これは、障がい者だけでなく、老若男女あらゆる人たちにとって使いやすい製品や建物を設計することを目指す考え方です。ですから、ユニバーサルデザインの考え方の中に、バリアフリーも包含されてしまうように思えます。しかし、福島氏は、「バリアフリー」にこだわっているそうです。なぜなら、バリアフリーには、問題を解決していくという「問題解決型」の意識が強いからです。
一方、ユニバーサルデザインは万人向けの使いやすさを追求するとしても、そこから漏れてしまう問題があります。例えば、銀行のATMでは、視覚障がい者は備え付けの電話を使って、受話器からの音声で案内をしてもらえます。しかし、目も耳も使えない全盲ろう者には対応していません。ですから福島氏は、現実に障がい者が直面している問題を解決しようとするバリアフリーと、事前設計型のユニバーサルデザインの両方を取り入れた、「ユニバーサル・バリアフリー」という考え方を提唱しています。そもそも人間は、生きる上での様々な障害や問題(バリア)を次々と解決することで文明を発展させてきたのだから、バリアフリーの思想は、障がい者だけでなくあらゆる人の問題解決にもつながっていくと考えているのだそうです。
また、なんらかの障害を抱えて生きることを、野球における「グランドコンディション」にたとえて説明してくれました。福島氏は、障害をグランドコンディションにハンディのある状態だと考えているそうです。しかしなにより大切なことは、どんなグランドコンディションであれ、その上でどんなプレイをするかです。つまり、障がいを最初からマイナスと捉えるのではなく、障害を受け入れた上で、どう生きていくのかが大事なのです。
全盲ろう者となり、一度は絶望の淵に立たされた福島氏は、指点字によって生きる希望を取り戻し、初の大学入学、そして初の大学教授と新境地を次々と切り開いてこられました。質疑応答では、なぜそんなことに挑戦できたのかという質問に対し、前例がないから、とにかくやってみるしかなかったからだと答えられました。これからも、福島氏は新たなチャレンジに果敢に挑まれていくのでしょう。

主要著書
ゆびで聴く』(共編著)、松籟社、1988年
盲ろう者とノーマライゼーション 癒しと共生の社会をもとめて』明石書店、1997年
学問の扉 東京大学は挑戦する』(共編著)、講談社、2007年
盲ろう者への通訳・介助 「光」と「音」を伝えるための方法と技術』(共編著)、読書工房、2008年
アカデミック グルーヴ』(共編著)、東京大学出版会、2008年

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