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夕学レポート

2010年11月09日

若田部 昌澄「危機の経済学」

若田部 昌澄
早稲田大学政治経済学術院 教授
講演日時:2010年7月8日(木)

100年に一度の危機とも言われた2008年9月のリーマンショックから、ほぼ2年が経過しました。幸い、第二次世界大恐慌と呼ばれるほどまでには悪化せず、回復の兆しを見せる国も増えてきている中、日本はまだまだ厳しい状況が続いています。若田部氏は、各種統計データを示しつつ、世界、そして日本の経済の現状を簡潔に伝えてくれました。

まず、講演タイトルである「危機の経済学」には2つの意味があることを解説されました。ひとつは、「危機的な経済状況に対して経済学がいかに対応するか」ということ。もうひとつは、「経済学そのものが危機にあるのではないか」という意味で述べられています。
経済学そのものの危機というのは、今回のような経済危機の際に、経済学者が有効な解決策を提示できていないだとか、経済学が今回のような危機を招いた張本人なのではないかといった批判を受けている状況を表します。

たとえば既存の経済学が「人は合理的に判断し、行動する」ことを前提としているのに対して、現実には人は必ずしも合理的ではなく、感情や偏った見方・考え方でものごとを判断し行動するため、従来の経済学では、経済の動きをうまく予測できないし、操作できないという「行動経済学」からの批判があります。
「行動経済学」の人気が近年高まっているのは、経済学批判の一環としてみることもできるそうです。

それに対して、若田部氏は、経済学はこれまで地味ながらも、着実に進歩してきたと考えています。マクロ的にみれば、世界全体の一人当たりGDPは上昇を続け、世界貧困率も激減してきています。格差はあるものの、世界全体としては経済的に成長してきたことは間違いありません。
アジア、インドの躍進の一方で、日本の実質GDP成長率は、過去数十年にわたって下降傾向にあり、リーマンショックからの回復にも出遅れ、「失われた20 年」と呼ばれるようになった長期の経済低迷にあえいでいるのは、日本が経済学を無視してきたからだと若田部氏は指摘します。経済学には未開拓の分野があるものの、ある程度有用性が明らかになっている部分をうまく活用できていないのが日本なのです。

そもそも、国(政府)が実行可能な「政策」の基本方向は、経済学に基づくと、大きく2つあります。「財政政策」と「金融政策」です。
「財政政策」は、税金などの方法で国民からお金を集め、政府が主体となって、そのお金を公共投資や子供手当てといった形で分配するものです。国民の消費が冷え込んでいるような時に、政府が代表してお金を使う政策が財政政策です。
一方、「金融政策」は、中央銀行(日本の場合は「日本銀行」)が主体となって、通貨量や為替レートなどを操作することです。例えば、お金の流通量を増やすことは、金融緩和という政策のひとつです。

若田部氏は、日本の経済回復が遅い理由は、財政政策に対し金融政策が不十分であるためだと考えています。現在の経済学では、景気対策として、財政政策よりも金融政策の方がより強力であると考えられているのだそうです。
たとえば、子ども手当拠出などの「財政政策」を行って、仮に消費が増大し一時的に景気が回復したとしても、「金融政策」を行わず、貨幣量が一定(金融緩和政策をしない)のままであったなら、貨幣に対する需要が高まり、金利が上昇します。
すると、高金利につられて外国からの資金が流入し、円の価値が高まって円高を招きます。円高になると、輸出産業が打撃を受け、国内の景気が悪化して元の木阿弥になるというわけです。経済のグローバル化によって、国家間のお金の流れが自由になった環境での景気対策は、財政政策と金融政策の両方を適切に組み合わせなければ効果がないのです。

事実、リーマンショック後、他の多くの国々はすぐに金融緩和に踏み切りました。このため、金融緩和の初動が遅くなった日本の円が相対的に高くなる=円高を招きました。日本ではギリシャのような金融危機は起きてはいません。しかし、長期の景気低迷における内需の弱さを外需(=輸出)で支えてきたところに、円高で輸出が激減し、内需も外需もダメとなり、日本の被害が大きくなってしまったのだそうです。

では、今回のような経済危機に対して、経済学の立場から若田部氏はどんな金融政策を提案されるのでしょうか。
ひとつは、これまで日本が設定していなかった「インフレ目標」を定めて、インフレ率を操作することです。インフレ目標を採用している国で、デフレになっている国はないのだそうです。インフレ率を何%にするかは、政治的な判断で決まりますが、実際に為替や通貨量を操作して、目標インフレ率を達成するのは、中央銀行(日本銀行)の役割です。
インフレ率は、最近は目標値の上方修正の議論が起きているそうですが、先進国の場合、おおむね1%~3%に設定されているそうです。
もうひとつは、純粋な変動相場制を採用している国という立場を活かして、円、および外国通貨の通貨量をコントロールすることで、為替レートを適切な水準に維持することです。

どの国でも政治によって経済政策の多くが決まりますが、若田部氏は、日本の経済政策は経済学的な裏付けが乏しいと考えています。また、日本で使われていない経済学的手法はまだたくさんあります。海外では電波の周波数をオークション式で配分する方法を導入して、公正な配分と、莫大なオークション収益をあげることに成功している国があるのだそうです。
若田部氏は、経済危機によって露呈した経済学の課題が山積してはいるものの、過去の危機を乗り越える中で得られた経済政策の進化、そして経済学の着実な進化を日本はもっと積極的に採用するべきだと強調して講演を終えました。

主要著書
日本の危機管理力』(編著)、PHP研究所、2009年
危機の経済政策―なぜ起きたのか、何を学ぶのか』日本評論社、2009年
立憲主義の政治経済学』(共著)、東洋経済新報社、2008年

推薦図書
伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本』(共著)、東洋経済新報社、2010年

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