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夕学レポート

2011年05月10日

田渕 久美子「力強くたおやかに生きる~篤姫とお江~」

田渕 久美子 脚本家  >>講師紹介
講演日時:2011年1月21(金) PM6:30-PM8:30

空前の大ヒットとなった2008年の『篤姫』の脚本家として知られ、また今年(2011年)のNHK大河ドラマ、『江~姫たちの戦国~』の脚本を担当されている田渕久美子氏の講演は、田渕氏を取材されたことのあるノンフィクション・ライター、歌代幸子氏とのトークショー形式で行なわれました。
田渕氏によれば、『江~姫たちの戦国』の脚本依頼が来たのは、まだ篤姫が放映中の2008年秋でした。その頃から脚本を書く準備が始まったわけですが、脚本の前にまず、原作となる本(『江(上)姫たちの戦国』『江(下)姫たちの戦国』NHK出版)を自分で書くことにしたそうです。
戦国という時代を俯瞰でとらえたかったこと、また、江という女性の人生の全体像を作ってみたかったというのが原作執筆の大きな理由。役を演じる俳優さんたちにとっても、時代背景や役どころなどが理解でき、原作の役割は大きかったということでした。


ただ、田渕氏は原作を書くのに大変苦労されたそうです。江は、浅井長政と、織田信長の妹、お市の方の間に生まれた3姉妹の三女でした。長女は茶々、すなわち豊臣秀吉の側室、淀。茶々については、史料もそれなりに残っていますし、私たち一般大衆にも馴染みのある人物です。しかし、私たちもほとんど知らない、江についての史料は茶々と比べればかなり限られています。江が出てくる小説さえほとんどないのです。(なお、脚本を書くに当たって、盗作、剽窃の疑いがかけられないようにするため、他の小説を読むことは厳禁だそうです。)
そもそも、戦国武将たちが何年何月何日にどこでどうしたという細かい記録は残っているそうですが、彼らを支えた女性たちが何をしていたかについての記録は、ほとんど残っていないのです。また、武将たち、女性たちの「行動」は把握できても、彼らがどんな気持ちで戦を起こし、あるいは武家を切り盛りしたのかといった「心理」については、各種史料を元に推測するしかありません。
逆に言えば、「史実」としての武将たち、女性たちの行動記録は変えられないにしても、記録が残っていない期間に彼らがどこで何をしていたのか、また、その時々の彼らの気持ちについては、時代考証をしっかり行なう必要はあるものの、ある程度自由に想像を膨らませて書くことができます。
田渕氏は、大河ドラマは、まさに「ドラマ」であり、篤姫にしろ、今年の江にしろ、幕末や戦乱の世を力強くたおやかに生きた女性を描くため、あえて大胆な展開を脚本に盛り込みます。ここには、脚本家の仕事は、「サービス業」であり、視聴者の方が楽しんでくれることこそ最も重要という田渕氏の信念があるそうです。大河ドラマにおける歴史の解釈については、史実を重んじる視聴者からの批判もあるとのことですが、田渕氏はあくまで「ドラマ」として楽しんで欲しいとのことでした。
さて、江の生涯は、客観的にみれば大変つらいものです。父、浅井長政は、伯父にあたる織田信長に殺されます。そして、政略により3度も結婚させられるのです。それでも、田渕氏は、愛されるヒロインとして、たくましく生きる彼女の人生を描こうとしています。「姫たちの戦国」というタイトルには、武将の妻は、いざとなれば夫と運命を共にせねばならず、いつ自分の命も失われるかわからないという「覚悟」が求められるという意味が込められています。そうした女性としての覚悟、いさぎよさが、とりわけ現代の女性たちにも受けるのでしょう。
ところで、田渕氏は、脚本を書いていく中、撮影の現場にはほとんど足を運ばないそうです。脚本を渡したら、その後は監督や俳優たちのものだと考えるからです。また、脚本はある意味、自分の子供のようなものだそうですが、それが現場で微妙に変更されたりするのを見るのは、あまり愉快ではないという理由もあるようです。
篤姫の頃の面白いエピソードをひとつ。堺正人氏演じた徳川家定は、視聴者の大きな人気を集めました。そのため、家定が死ぬ回が近づいてくると、NHKには視聴者からの「家定を殺すな」というメールやFAXなどが殺到したそうです。とはいえ、史実を覆すわけにはいきません。田渕氏は、考えた末、堺氏に再出演を依頼し、後の回で家定の幻影(幽霊)として再登場させることで、視聴者の期待に応えたのでした。
江の脚本を書くに当たっても、女性と男性の心理の違いがわかるエピソードを話してくれました。江の母・お市の方は、浅井長政の死後、柴田勝家と再婚します。お市は、最後には柴田勝家ともに自害してこの世を去るのですが、その自害の直前、勝家は「そちと一緒になれたことをわが誇りとする」という言葉をお市の方に語ります。この時、最初の脚本では、その直後に、前夫・浅井長政の言葉を思い出すことにしていました。長政もまた、お市に、同様の言葉を残していたからです。そしてお市が言います。「私もにございます」と。しかし、NHKの男性プロデューサーたちに、これでは、共に死ぬ柴田勝家がかわいそうではないかと言われたそうです。これでは勝家の顔が立たないのでは、と。女性の感覚としては、今の夫も、前の夫も同時にあるので、違和感を覚えないのですが、プロデューサーたちの意見は、男性視聴者の意見でもあると思い、共に死ぬ勝家の言葉にまずはお市が応え、そして、その後、前夫の言葉を思い出すという流れに修正したそうです。
今回は、私たち視聴者にとってはほとんど知られざる、脚本家の苦労や裏話を聞くことができ、番組を見るのがますます楽しみになりました。

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