KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

私をつくった一冊

2025年05月09日

芝 哲也(武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授)

慶應MCCにご登壇いただいている先生に、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。講師プロフィールとはちょっと違った角度から先生方をご紹介します。


1.私をつくった一冊をご紹介ください

複雑な世界、単純な法則――ネットワーク科学の最前線

複雑な世界、単純な法則――ネットワーク科学の最前線
マーク・ブキャナン(著)、阪本芳久(訳)
草思社(2005年3月)

2.その本には、いつ、どのように出会いましたか?

バンクーバーのブランディングカンパニー BlastRadiusに勤めていた時に書店で出会った一冊。当時、日本語の本に飢えていた時に不思議なタイトルに惹かれた購入。ただ、少し内容が難しかったので、旅行などに持ち歩きながら少しずつ読んだ記憶があります。

3.どのような内容ですか?

知り合いの知り合いを辿っていくと世界中の誰とでも5人の仲介者を経て繋がるという「6次の隔たり」、スモールワールド・ネットワークの手始めに生命、経済、社会などの複雑な問題の糸口としての「ネットワーク理論」について言及している本。

インターネットの構造やニューロンの接続パターン、感染症の広がる仕組みや経済活動の法則まで、世界のさまざまなものが、このスモールワールドネットワーク、 ネットワーク理論により説明されています。
すべての要素がほぼ同数のリンクをもっている平等主義的ネットワークと、リンク数に大きな差があることを特徴とする貴族主義的ネットワークという2種類の類型があり、それぞれが違う特性を持つものの、規則性とランダム性を混在しながら構成され、いずれもクラスター間をつなぐリンクが重要であるという部分は変わらないという理論。そして、社会学者マーク・グラノヴェターの「弱い絆の強さ」という概念を紹介し、強いつながりよりも重要なのは弱いつながりであるという説明がなされます。
つまり、一般的には、親密な関係を大切にしがちですが、情報伝達や新しい機会の発見においては、あまり親しくないつながりが重要であるという示唆に富んだ内容です。

4.それは先生にとってどんな出会いでしたか?

科学の面白さと難しさを知った本であり、感覚的に感じていた世界の複雑さを理論として認識させてくれた本でした。数式などが書かれているわけではないものの、科学的な内容だったため読み進めるのに少し時間がかかりましたが、デザインを生業としていた僕にはとても腑に落ちる内容でした。
デザインというのは主観と客観、アートとビジネスの間にあります。そのため、論理だけではなく、心理や生理などの複雑な要素も満たす必要があります。

僕は、この本を読むまで、科学は、要素還元的な考え方、論理的、機械的な視点が主流だと思っていたのですが、最新の科学は、全体論的な考え方、生命的な視点を取り入れることで複雑な問題に対して新しい解の作り方を模索していると知って、とてもデザイン的だと感じ、認識を改めました。

僕の先生である、前野隆司先生の考え方も 鈴木寛先生の考え方も、ネットワーク理論や複雑性の科学に立脚しているため、この本に出会っていなかったらウェルビーイング・イノベーションに辿りついていなかったと思います。
新しい価値を生み出すときに大切なのは、論理と感覚、規則性とランダム性の間を行き来することです。それらの葛藤の間に新しい価値が生まれます。失われた30年と言われている、現在の日本に必要なのは、全体論的で本質的な「ウェルビーイング」の視点と、生命的で生理的な、想いとそれを実現しようとする「アントレプレナーシップ」なのだと思っています。「規則性とランダム性を混在」の重要性を指し示してくれているネットワーク理論は新しい価値を生み出す上での指針になっています。

5.この作品をおすすめするとしたら?

この本は
・ビジネス思考、論理的思考の強い方々
・スタートアップを始めようとしている方々
・新規事業を立ち上げようとしている方々
に読んでほしい内容です。

現在では、科学、哲学、金融工学などさまざまな分野において、世界が複雑であり、要素還元的な視点だけでは理解できないと認識しています。新しい価値を生み出すときに、カオスを受け入れ、理解し、マネジメントする必要性と勇気を持つために、創造的思考をうまく活用する必要があります。その根底として、ネットワーク理論や複雑系を知っておくことは、思考の柔軟性を確保する上で重要なことだと思います。

芝哲也

芝 哲也(しば・てつや)
  • 武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授

慶應MCC担当プログラム

1983年大阪生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。バンクーバーフィルムスクール デジタルデザイン学科卒業。卒業後大手広告代理店 BLAST RADIUS(カナダ)に勤務。帰国後デザイン事務所 NOSIGERに加入しサイエンスコミュニケーション、災害支援など、社会課題解決プロジェクトに参加。
2011年デザイン事務所Cauzを設立、広義のデザインの枠を超えて、街づくり、中小企業の支援、起業家支援、社会課題解決などへのデザインの適応を行う。2018年クリエイティブ思考協会設立共同代表理事。
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