私をつくった一冊
2025年11月11日
粂川 麻里生(慶應義塾大学文学部教授(言語文化研究所所長、アート・センター副所長))
慶應MCCにご登壇いただいている先生に、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。講師プロフィールとはちょっと違った角度から先生方をご紹介します。
1.私をつくった一冊をご紹介ください
2.その本には、いつ、どのように出会いましたか?
中学2年くらいだったと思います。私は当時、翻訳でニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』を読んで大変感動し、「自分も、従順に耐える駱駝の時代、権威に叛逆する獅子の時代を経て、自由に創造する小児の時代に達するような人生を送ろう!」などと思い、ドイツの文学や哲学を読みようになるうち、その”最重要作品”として『ファウスト』に突き当たりました。複雑な作品で、よく分からないながら、その豊穣なイメージの世界に魅了されました。
3.どのような内容ですか?
18〜19世紀にかけて生きたドイツの文豪ゲーテが20歳代から82歳で亡くなるまで取り組み続けたライフワークともいうべき作品で、学問に絶望した老学者ファウストが、悪魔メフィストフェレスを契約して、色欲、金銭欲、権力欲、美への欲望、行為への欲望など、あらゆる欲望を経めぐる大河ドラマです。私が手にしたのは、この作品を日本で最初に全訳した森林太郎(鴎外)の訳でした。
4.この作品をおすすめするとしたら?
初めて読んだ時、細部はきわめて難解ながら、「これは世界全体、人生全体を描こうとした作品だ」という感触を得て、文学にはこんなこともできるのだとのめり込みました。結局、大学でドイツ文学を専攻することになり、今もそれを仕事にしています。2022年、私自身、作品社という会社から『ファウスト』の全訳を出させていただきました。そこには、10歳代からアラカンまでの私のゲーテ研究も、全て入っています。
5.それは先生にとってどんな出会いでしたか?
鴎外訳以外にも優れた訳はあるのですが、鴎外の訳はさすが文豪の訳文で、しかも上演を前提としていたこともあり、生き生きとしていると思います。私も、その精神を受け継いだつもりで、さらに最新の研究やアイデアを盛り込んで新訳してみました。クラシック音楽をいろいろな演奏で楽しむように、古典文学もいろいろな訳で楽しんでいただければ幸いです。
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- 粂川 麻里生(くめかわ・まりお)
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- 慶應義塾大学文学部 教授
- 1962 年栃木県生まれ。慶應義塾大学文学部大学院文学研究科(独文学専攻)後期博士課退学。専門は、近現代ドイツ文学・思想、文化史、スポーツ史。『ワールドボクシング』記者、上智大学専任講師を経て、現在、慶應義塾大学文学部教授(言語文化研究所所長、アート・センター副所長)。訳著書にゲーテ『ファウスト』(作品社)、『ポケットマスターピース「ゲーテ」』、共編著に『サッカーのエスノグラフィーへ』(社会評論社)、翻訳にトーマス・ブルスィヒ『ピッチサイドの男』、同じく『サッカー審判員フェルティヒ氏の嘆き』(三修社)など。ゲーテ自然科学の集い代表、公益財団法人ドイツ語学文学振興会理事長。
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