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2021年02月09日

菊澤 研宗「企業の持続的競争優位を実現するダイナミック・ケイパビリティ」

菊澤 研宗
慶應義塾大学商学部教授

近年、英国のEU離脱や米中貿易摩擦といった地政学的リスクや頻発する自然災害、急速な技術革新などの影響を受けて、私達のビジネス環境は不安定な状況が続いています。さらに昨年は新型コロナウイルスの感染拡大も発生し、ますます世界は不確実性に満ち、いまや不確実や不安定や異常なことが社会の新しい状態(New Normal)となりつつあります。

企業は先が読めないことを前提として経営戦略を練らなければなりません。何が起こるかわからない時代に、企業は何を志向し、次の一歩をどう進めるか。こうした現代のビジネス環境に適合した経営戦略として注目されているのが、危機に柔軟に対応し自己変革により窮地を乗り切ることが求められる「ダイナミック・ケイパビリティ論」です。

本理論の提唱者であるデイビッド・ティース教授のもと、客員研究員として研鑽を重ねた菊澤研宗教授に、今だからこそ日本企業の強みを活かすことができる「ダイナミック・ケイパビリティ論」について解説いただきました。

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将来を見通すことが困難な時代の経営

マイケル・ポーターは企業の戦略行動は産業構造によって決定されるとし(ポジショニングアプローチ)、これに対してジェイ・バーニーは企業が保有している固有の資源が競争優位な戦略行動を決定する(資源ベース論)と述べました。これらを統合し、環境の変化に対応して、固有の資源、資産、知識を再構成、再配置、そして再利用するといった変化対応的な自己変革能力つまりダイナミック・ケイパビリティが、最終的に企業の持続的競争優位の源泉になると主張したのが、デイビッド・ティース教授(カリフォルニア大学バークレー校)です。

ティース教授によると、ケイパビリティには2つの種類があります。ビジネス環境が安定している場合、企業は利益最大化を目指して効率的に活動しようとします。このような企業内の資産や資源をより効率的に扱う通常能力のことを「オーディナリー・ケイパビリティ」と呼びます。しかし、長期的には環境は変化します。特に、現代のように不確実性の高く、世界中のどこかで変化が起こっているような状況では、企業が変化に鈍感でいると、本来得られるはずの利益を失いかねません。こうした変化の激しい状況で求められているのが、ティース教授が提唱する能力「ダイナミック・ケイパビリティ」なのです。

オーディナリー・ケイパビリティ

ダイナミック・ケイパビリティ

変化に対応した既存の資源の再構成

今日、環境の変化を察知し、「自社も変わらなくては」と感じている方は多いでしょう。しかし、実際に行動に移すには、現状に利益を得ている多くの既得権益者との交渉や説得が必要となり、それゆえ変革には膨大な「取引コスト」が発生します。多くの人が、そのコストの大きさのために変革に躊躇するのではないかと思います。

この取引コストを上回る利益、メリットが出るように、既存の資源を再利用する経営者能力あるいは組織能力がダイナミック・ケイパビリティです。それは、変化を感知し、機会を捉え、そして既存の知識、資産を再構成、再配置、再利用するためにオーディナリー・ケイパビリティを修正するより高次の能力です。人間が自らの視力を高めるためにメガネや望遠鏡を開発して進化してきたように、企業も自社の技術や資産を特殊化するだけではなく、社外の企業を巻き込み、補完し合う共特化の関係を築くことによって進化するのです。

オーディナリー・ケイパビリティは、社内の資産・資源をより効率的に配置し、利用する能力であるのに対し、ダイナミック・ケイパビリティは、扱う資産の範囲を社外へ拡張し、補完的な効果が最大になるようオーケストレーションする能力です。これによって、戦況を有利にするビジネス・エコシステム(事業の生態系)が形成されるのです。

「利益の最大化」と「付加価値の最大化」―コダックと富士フイルム

ダイナミック・ケイパビリティの有無が明暗を分けたのが、イーストマン・コダックと富士フイルムです。両社は、デジタルカメラの普及によって2000年代に危機に陥りました。結局、本業を喪失したコダックは倒産し、富士フイルムは事業を多角化して生き延び、前よりも成長しています。

コダックは米国企業なので株主主権(「会社は株主のものである」という考え方)に基づいて利益最大化を求め、オーディナリー・ケイパビリティのもと一方でコスト削減に励み、他方で豊富な資金で大量の自社株を購入し、株価対策を講じました。

これに対し、富士フイルムはダイナミック・ケイパビリティのもとに付加価値の最大化を目指しました。生き残るために既存の高度な技術や知識資産を再利用・再配置して事業を多角化し、そこに保有資金を投入しました。そして、さまざまなイノベーションを起こし、今日、液晶を保護するための特殊フィルム、化粧品、そしてサプリメントや医薬品の開発まで行っています。

両社の明暗を分けたのは技術や資金力の差ではなく、不確実な環境下でオーディナリー・ケイパビリティのもとに利益最大化しようとしたか、ダイナミック・ケイパビリティのもとに付加価値最大化を求めて大胆に既存の資源を再利用したか、という違いにあったように思います。

ダイナミック・ケイパビリティは、日本企業に適した能力だと思います。というのも、日本企業は欧米企業と異なり、職務権限が曖昧で、職務転換が可能だからです。これは、変化に対応して人員を再配置・再構成しやすい性質を持っているからです。しかも、日本企業は多くの知識資産を持っています。それらを柔軟に再構成・再配置・再利用できれば、変化の激しい環境でも乗り越えていくことができるはずです。

「先義後利」という言葉があります。出典は『孟子』ですが、大丸の企業理念としてもよく知られていて、顧客や社会全体にとって正しい行いをすれば、利益は後からついてくるという考えです。今日、目先の利己的利益より、一段高い視点に立ち、より高次のダイナミック・ケイパビリティのもとに付加価値を向上させ、社会に貢献するような変革志向のリーダーが求められていると思います。

 

慶應MCC 2019年度総合ガイド巻頭インタビューをベースに講師の許可を得て加筆修正しました。慶應MCCでは4/24(土)よりagora講座 菊澤研宗さんの【日本の強みを活かすダイナミック・ケイパビリティ論】を開催します。

菊澤 研宗(きくざわ・けんしゅう)
菊澤 研宗

  • 慶應義塾大学商学部教授
1957年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業、同大学大学院博士課程修了後、防衛大学校教授・中央大学教授などを経て、2006年より慶應義塾大学商学部・商学研究科教授。この間、ニューヨーク大学スターン経営大学院で1年間、カリフォルニア大学バークレー校、ハース経営大学院に2年間、客員研究員として研究を行う。
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