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ピックアップレポート

2023年07月11日

高木聡一郎「DX時代の革新的事業創造」

高木聡一郎
東京大学大学院情報学環教授
DX時代の革新的事業創造』プログラム講師

デフレーミング戦略で産業の大転換期を生き抜く

皆さんの中には、「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」という言葉を飽きるほど聞いているという人もいるでしょう。デジタル技術を使って、業務を抜本的に変革し、大競争と不確実性の時代を生き抜く―。そのための専門部署を設置したり、チーフ・デジタル・オフィサーのような役職を置く企業も少なくありません。

一方で、デジタルで「どんな方向で」「どんな観点で」変革すればよいのか、手掛かりがなく困っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。「デジタルによる変革」には、単に便利なITツールを導入するというものから、自社の役割を見直すというところまで、非常に幅広い意味合いを含んでいます。

しかも、デジタル技術で変革を起こすことは今に始まったことではありません。コンピュータの歴史は、常に変革とともにあったと言っても過言ではありません。今、この時代におけるデジタル変革には何が求められているかを見通さなければ、本質を見落とした、小手先の対応で終わってしまう可能性があります。

本講座では、デジタル技術が社会に与える本質的な影響を深く考察したうえで、事業創造に取り組んでいきます。そのための鍵となる概念が「デフレーミング」です。デフレーミングは、既存の枠組みが壊れ、内部の要素を柔軟に組み合わせたり、カスタマイズすることで顧客のニーズに応えるという概念です。

この概念は、世界中のデジタルイノベーションを調査していた時に、実際の最先端のサービスを目にして思い付いたものですが、そこには理論的な背景がありました。もともと私は、 海外への業務のアウトソーシングや、個人間の連携であるマス・コラボレーションがもたらす影響を経済学の理論をもとに研究していました。この研究は「Reweaving the Economy: How IT Affects the Borders of Country and Organization(経済の編み直し:ITはどのように国と組織の境界に影響を与えているか)」(東大出版会)という学術書として発表されています。しかしその後、最新のサービスを観察していったところ、同じ理論が、予想をはるかに超えて社会や経済のかたちに影響を与えつつあることがわかりました。それを概念化したのが「デフレーミング」であり書籍『デフレーミング戦略 アフター・プラットフォーム時代のデジタル経済の原則』(翔泳社)にまとめました。

デフレーミングには、事業ドメインの「分解と組み換え」、ビジネスモデルの「個別最適化」、組織運営・働き方の「個人化」という3つの要素があります。デジタル技術を駆使したビジネスが次々に生まれていますが、デフレーミングの3要素で理解することで、自社ビジネスへのヒントを見つけやすくなります。
「分解と組み換え」とは、 既存のサービスに含まれる要素を分解し、組み立て直すこと。チャットツールとしてスタートしたLINEは、決済サービスであるLINE Payを追加しました。これは通信業でありながら金融業のサービスも担うという、従来の枠組みを超えた組み換えの代表例です。「個別最適化」とは、個別のニーズに最適化されたサービスを提供することです。ナイキのNIKE BY YOUやZOZOのZOZO SUITといったオーダーメイドサービスは、ユーザーニーズのデータ化とそれらを瞬時に生産ラインにのせる技術によって、個別のニーズの満足とマスへの展開を両立させました。注目を集めるChat GPTも、この類型の一つです。最後の要素は「個人化」ーサービスを提供する主体の「個人化」です。テクノロジーの進化によって個人が自由に最新情報にアクセスできる時代となった今、YouTuberという肩書が生まれたり、シビックテックという試み(市民(Civic)がテクノロジー(Tech)を活用し、行政と社会課題を解決する)がなされたりしています。
以上の3要素は、それぞれかなり異なったことのように見えるかもしれませんが、いずれも情報技術が経済における「取引コスト」(直接的な価格以外に関わるコスト)を下げることによって生じるもので、根っこは同じものです。

デフレーミング戦略

本講座では、このデフレーミングの概念をもとに、事業アイデアの創出を行っていきます。3つの要素を中心に、概念や豊富な事例を紹介しつつ、独自に開発したワークシートを用いてステップ・バイ・ステップで事業アイデアを自由に検討して頂きます。また、他の受講生との情報交換やディスカッションも予定しており、これらを通じて、アイデアを深掘りしたり、新たなアイデアが触発されるということもあるでしょう。

デフレーミングは、「情報技術がもたらす取引コストの低下」によってもたらされる現象であり、プラットフォーム、生成系AI、Web3など多様な技術が次々に生み出される現代のイノベーション環境において欠かせない視点です。また、デフレーミング時代は、100年に一度の大変革の時代です。産業構造、ビジネスモデルから働き方まで、大きく変わりつつあります。ぜひこうした本質的な変化を踏まえて、事業創造に取り組んで頂ければ幸いです。

デフレーミングに基づく事業創造メソッドは、既に一部の大企業でも採用されています。ぜひこの機会に、慶應MCCという多業種交流の場を活用して体験してみてください。


高木聡一郎

高木聡一郎(たかぎ・そういちろう)
東京大学大学院情報学環教授

慶應MCC担当プログラム
DX時代の革新的事業創造

東京大学大学院情報学環教授。また、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主幹研究員。
株式会社NTTデータ、同社システム科学研究所、国際大学GLOCOM教授/研究部長/主幹研究員等を経て2019年より現職。これまでに、国際大学GLOCOMブロックチェーン経済研究ラボ代表、ハーバード大学ケネディスクール行政大学院アジア・プログラム・フェロー、慶應義塾大学SFC研究所訪問所員などを歴任。
専門分野は情報経済学、デジタル経済論。IT産業のビジネスモデルや、ITの普及・発展に伴う社会への影響を、主に経済学の観点から分析している。
2015年に社会情報学会より「新進研究賞」、2019年にKDDI財団よりKDDI Foundation Awardを受賞。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。

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