ピックアップレポート
2023年08月08日
井上 達彦「模倣の経営学に学ぶ イノベーション創出」
井上 達彦
早稲⽥⼤学商学学術院教授
ビジネスモデル論とイノベーション研究の⽇本における第⼀⼈者。⽂科省起業家育成⽀援事業EDGE 教育のための実践責任者。
早稲⽥⼤学では起業家養成講座、ビジネスモデル・デザインを、慶應MCCでは『ビジネスモデル立案実践』プログラムを担当。
主著
『ゼロからつくるビジネスモデル』東洋経済新報社
『ビジュアル ビジネスモデルがわかる』日経文庫
『模倣の経営学』『ブラックスワンの経営学』日経BP
イノベーターは模倣がうまい
スターバックス、マクドナルド、サウスウェスト、アップル、マイクロソフト、グーグル…これらの企業名を見てどんなことを思いますか? そうです、米国の代表的企業、しかもイノベーションを起こした企業です。それがすべて「模倣から生まれている」と聞くと驚かれるのではないでしょうか?
例えばアップルはオリジナルの象徴と思われますが、マウス、グラフィックボードといったさまざまな優れた技術を集めてきて実装し、世に広めたことがアップルのイノベーションでした。オハイオ州立大学の Oded Shenkar 教授はアップルを“アッセンブリー・イミテーター(模倣者)”と呼んでいます。
日本の任天堂はイノベーターの典型と言われます。しかし任天堂もまた多いなる模倣者です。
そもそも家庭用ゲーム機の元祖は米国のアタリ社です。アタリ社はゲームセンターなどで人気のあるゲームを家庭でも楽しめるように移植しました。ハードとソフトを分離して発売し、ソフトはオープンにして自由に開発させ、多種多様なソフトを市場に投入しました。これにより売り上げとユーザー数を大きく伸ばしましたが、ソフトの品質管理ができず、不良品が出回り立ちいかなくなってしまいました。アタリの優れたところを手本にしつつ、失敗からも学んで成功したのが任天堂です。
このように、偉大なるイノベーションは模倣から生み出され、偉大なる会社は模倣が上手な会社なのです。
無から有は生まれない
模倣とイノベーションは対極にあると思われがちです。
固定観念的な考えではそう捉えられますがしかし、違います。
無から有は生まれません。模倣という能力があるからこそ、イノベーションは生まれます。模倣はイノベーションへの道のりにあるのです。それにはどうしたらよいか。模倣の極意があるのです。前述のOded Shenkar教授もこう言っています。
自分のテリトリー以外のところに目を向け、地理的にも視野を広げること、小さくて目立たない企業だけでなく、失敗した企業を探すこと、そして、最近の出来事よりも過去の出来事から学ぶようにすること。
(Oded Shenkar, Copycats,2010, Harvard Business School Press, pp.187-88.)
模倣は企業の規模、業界、海外、時代を問わず、良いところ(あるいは失敗の原因)をお手本にします。同業、国内だけでは浅い模倣になりがちなので、常識が異なる異業種や海外、過去といった遠いところがいいですね。そして、表面からは見えない深部の構造を見抜いて真似る。創造的模倣の極意です。
自社分析と模倣で差別化を実現
この写真は何の店だと思いますか?
ホテル? 化粧品売場? カフェ? アートギャラリー?
答えは銀行です。米国オレゴン州にある地方銀行でUMPQA(アンプクア)銀行といいます。アンプクア銀行の顧客は農林業者で、日本でいう農協のような存在です。米国の農協はこんなおしゃれなのかと驚きますよね。でも初めからこうであったわけではなく、このように変えたんです。
摸倣には方法論があります。
初めに行うことは、自社分析です。模倣というと手本を真似ること思いがちですが、なんとなくいいなと思ったものをただ真似てもうまくいきません。自分と体格が異なる人のゴルフスイングを真似てもうまくいきませんし、体に無理をしては危ないですね。自分の強みは何か、課題は何か、弱みは何か、だから何を真似するのか、わかったうえで真似るからオリジナルが生まれるのです。まずは己を知ることからです。
アンプクア銀行は自己分析し、「人間を中心としたスローバンキング」というコンセプトを打ち出しました。
続いて、模倣する手本を探します。手本は広い範囲から探すことが重要なポイントです。
異業種、海外、過去・・・遠いところ、意外なところにこそ新しい発見があります。同業他社を知ることも大事ですが、近いところからはたいした違いは生まれません。
アンプクア銀行が手本にしたのは、「スターバックス」と「リッツカールトンホテル」でした。手本を見つけたらなぜそれがうまくいっているのか、徹底的に観察します。何を真似るべきか、手本から抽出して、自分たちに当てはめます。
自社コンセプトの「人間中心のスローバンキング」と、手本とする2社の優れたところ、例えば癒し・驚き・象徴的なサービス・豊かな経験・細部へのこだわりなどを抽出し、「空間(店舗)」をデザインしました。
次に、この空間で提供する「サービス」のデザインです。アンプクア銀行はここでも2社を模倣しました。いつでも立ち寄ってください、犬を連れてきてもいいですよ、せっかくですから用事がなくてもカフェでゆったりしていってくださいね…と、それまでとはまったく異なる新しいストアコンセプトを打ち出し、従業員を2社の研修に派遣して徹底的にトレーニングして実現しました。
こうして新しくなったアンプクア銀行は、顧客からは好評を博し、従業員は自社を誇りに思って働くようになりました。ビジネスモデルとはどうやって儲けるかだけではなく、企業の理念や価値観をどう実現するかでもあるのです。
いかがでしょう?模倣の持つ可能性が具体的に浮かんできませんか?
「戦わずして勝つ」戦略
競争戦略の本質とは何か。
競争=勝ち負け・優劣を人と競り合うこと、戦略=10年がかりの構想です。
つなげると「いかにして戦い競争に勝ち抜くかの10年構想」となりそうですが、実はその逆です。
経営戦略の本質は「非競争の状況を10年がかりで築くこと」であり、その王道が差別化です。
差別化には2つの次元があります。製品・サービスレベルの差別化とビジネス・システムレベルの差別化です。
多くの方が差別化としてイメージするのは製品・サービスの差別化のほうでしょう。わかりやすく、模倣しやすく、成功も目立ちます。しかしそれゆえに模倣されやすく、非競争の状況は長く続きません。
これに対し、ビジネス・システムの差別化は目立たず、表面を見てもわかりにくく、模倣するのが難しい。実現には時間もかかりますが、ライバルたちに気づかれないように差別化できれば、非競争は長続きします。
アンプクア銀行は象徴的でわかりやすい店舗だけではなく、根底にあるビジネスモデルから変えたから強かったのです。あそこまで創りこんだら、他のライバル行はアンプクア銀行を真似できません。
模倣できないしくみが模倣によって生み出されていることを「模倣のパラドクス」と言いますが、まさに目指すべきはこのビジネスモデルによる差別化、10年かけて模倣されないしくみを築くことです。
ビジネスシステムでの差別化とは
では、ビジネスシステムでの差別化とはどういうことか、事例で考えてみましょう。
ヤマハは、「ヤマハの音楽教室」という新しいビジネスモデルでピアノを一般家庭に普及させることに成功し、大きく売り上げを伸ばしました。
ピアノが高価で珍しかった時代に、ピアノが弾ける、ピアノを習うというのは当時の親世代にとって夢、憧れでした。家にピアノがある、買えることはステイタスでした。
すぐに高価なピアノを買わなくとも、音楽教室に通えばピアノを弾くことができます。ヤマハは親に訴えました。ピアノを習うことは、子どもにとって素晴らしい教育である、と新しい価値づけをし、情操教育と呼びました。
楽しそうに教室に通い、生き生きとピアノを弾くわが子。どんどん上達し、発表会では立派な演奏をする。
親は子どもの成長を喜び、練習用の紙鍵盤ではかわいそうだ、弾けるようになったのだし、ピアノを買おうか、となる。こうして音楽教室がピアノの売上につながっていきました。
さらにヤマハは、音楽教室と製造販売というシステムをビジネスとして展開しました。フランチャイズ契約で音楽教室は全国に広がり、ピアノの販売実績も大きく伸びました。音楽教室の教師という新しいキャリアや夢も生まれました。
ヤマハは、モノとして売ろうとすると難しい製品を、ビジネスモデルによって売ることに成功した例であり、製品・サービスレベルではなく、 ビジネスシステムでの差別化をした例です。
深部の構造を模倣する
こうした成功したビジネスモデルを転用、模倣するときには注目したいのは深部の構造です。
深部の構造とはどういうことか、典型的な事例として米国のオートバイメーカー・ハーレーダビッドソンの日本での展開があります。ピアノに似て高価で、大きく、嗜好性が高い商品です。習得するまでに時間を要することもピアノと近いでしょう。
時代は1980年代後半、ヤマハやホンダが非常に強く、彼らと正面から勝負しても勝ち目はないとハーレーダビッドソンジャパンの野田社長は考えました。ではどうするか。バイクを売ろうとするのではなく、インフラを整え、ライフスタイルを提案しました。
当時、大型バイクの免許は取得したくても教習所がなく、運転免許試験場で一発合格するしかない難しいものでした。そこで野田社長は運輸省にかけあい、教習所にコースを設置することから始めました。ハーレーに関心を持つライダーに教習所を紹介し、免許取得後にはキャッシュバックをするなど、ハーレーに乗るための大型バイク免許取得を支援しました。
しかし免許を取得できても、高価な大型バイクの購入もまた、易しいことではありません。そこで、バイクや免許を持っていなくてもハーレーに試乗でき、楽しめる場と機会をつくりました。イベントは家族で一緒に楽しめる内容にし、家族を巻き込んで、購入に対する理解や共感を得る応援もしました。
バイクと免許が手に入り乗れるようになったら、次はかっこよく乗りたいですよね。ハーレーは乗り方や作法を教えました。オーナーズ・クラブを作り、ツーリングを企画し、雑誌で発信、ハーレーオーナーである楽しみや喜び、ハーレーとのライフスタイルを提案したのです。
ピアノと大型バイク、商材の特性は似ていますが、時代、業界、ジャンル、顧客ターゲットは全く異なります。ハーレーはヤマハのビジネスモデルを模倣して成功したわけではありませんが、ビジネスモデルの構造部分が似ており、商材の普及に成功した例です。
良い摸倣とは、こうした見えにくい、深部の構造を見抜いて真似ることにあります。そして、同じ業界では模倣できない仕組みも、異業種からの模倣によって創造が生まれるのです。
パターン適合アプローチでめざすビジネスモデル立案
ビジネスモデルの立案や戦略の策定には3つのアプローチがあります。
1. 戦略分析アプローチ
2. 顧客洞察アプローチ
3. パターン適合アプローチ
皆さんよくご存じなのは 1. 戦略分析アプローチでしょう。ビジネス環境、競合他社、顧客、自社の資源、強み・弱みなどを分析し、事業コンセプトと事業計画書を描きます。このアプローチではファクトとデータが重視されます。
今回ご紹介した創造的摸倣は3. のパターン適合アプローチです。異業種、海外、過去などの遠い世界から優れた戦略パターンを見つけ出し、それを手本として自社戦略に転換し、新たなビジネスモデルに創り変えるアプローチです。
手本とするのは異業種のベストプラクティス、海外のスタートアップ、長い歴史を生き残った伝統企業など。遠く意外性があるほど、イノベーションの可能性があります。
自社のビジネスモデルを進化させる
新しいビジネスモデルというと、これまでの戦略とは全く違うもの、これまでの事業を否定するもの、と思われがちですがそれは結果であって条件ではありません。自社のこれまでの成功パターンや、強み、特徴と組み合わせることで、自社のビジネスモデルを進化させることもできます。
いま、環境変化は非常にスピードが速くかつ劇的です。先行きが不透明で、近い将来の予測さえ困難です。誰もがこれまで成功してきたやり方では立ちいかなくなることは理解していて、変わる必要性も認識している。しかし、従来の分析からは新しい発想や可能性は見えてきません。
「優れた技術はあるがうまく事業化ができない」「いいビジネスアイデアはあるのだがビジネスとして育たない」「不振事業を抜本から立て直したい」「全社戦略として新規事業が必要とわかってはいるが着手できていない」そんな声がよく聞こえますが、それもこの背景に起因します。
そこで、『ビジネスモデル立案実践』プログラムでは、分析ではなく「パターン適合アプローチ」で立案にチャレンジします。パターン適合アプローチの方法論を理解し、デザインコンサルティングやアート思考の方法論や感覚も積極的に取り入れながら、プロセスに沿って実践的に進めます。
そして、講座の最後には新たな自社戦略、ビジネスモデルを描くことにチャレンジします。多様な業界・業種・経験の皆さんが一緒に学ぶことで、さらにイノベーションの可能性は広がります。自分や自分の世界にとっての当たり前は他の世界では当たり前ではないのですから。
模倣に学ぶイノベーションを、皆さんでおおいに目指しましょう。
井上 達彦(いのうえ・たつひこ)
早稲田大学商学学術院 教授
慶應MCC担当プログラム
ビジネスモデル立案実践(2023年10月)
広島大学社会人大学院マネジメント専攻助教授、早稲田大学商学部助教授(大学院商学研究科夜間MBAコース兼務)などを経て、2008年より現職。独立行政法人経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、ペンシルベニア大学ウォートンスクール・シニアフェロー、早稲田大学産学官研究推進センター副センター長などを歴任。WASEDA EDGE(文部科学省助成 次世代アントレプレナー育成事業)「教育のための実践」責任者。2003年経営情報学会論文賞受賞。
専門分野はビジネスモデル・デザイン、事業創造と変革、競争戦略。
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