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ピックアップレポート

2023年09月12日

能・狂言ならではの発想で/野村萬斎氏オペレッタ初演出

藤井佳依
東京芸術劇場 事業企画課

来る11月25日に東京芸術劇場では、ヨハン・シュトラウスⅡ世作曲の喜歌劇 『こうもり』(新制作)を上演します。狂言師・俳優・演出家として活躍する野村萬斎氏、オペラ初演出の話題作です。

「能・狂言ならではの発想を生かして、珍しいものにできれば。」と発表会見での萬斎氏の言葉から、意気込みとそのこだわりが伝わってきます。

今回の新制作では、舞台をヨーロッパの大都市近郊の温泉保養地から同時代の日本へと移しています。歌は原語のドイツ語ですが、台詞は野村萬斎氏が日本語で書きあげました。
7月から始まった稽古をのぞくと、野村萬斎氏のアイデア満載で、ユーモアあふれる台本を手に歌手たちがセリフをやりとりしています。分かりやすいコンテクストとテンポ感のよい会話のキャッチボールが際立ちます。

立ち居振る舞いにも野村萬斎氏のこだわりを感じます。それは、お客様目線を忘れないこと。稽古中は手本を示しながら歌手たちに提案する様子が印象的でした。狂言師・俳優として舞台に立つ、表現者としての野村萬斎氏の一面を垣間見ることができました。決して押し付けたりはせず、歌手たちとその場で一緒に舞台をつくっていくところも素晴らしいと感じました。

日本語で「喜歌劇」と訳されることが多い「オペレッタ」は、当時、貴族の間で人気のあったオペラを庶民にも楽しめるようなコメディ形式にしたことが始まりです。曲と曲の間は、レチタティーヴォ(歌唱様式の一種で話すように歌う)ではなく、セリフでつながれ、親しみやすいメロディが大きな特徴です。ここに、萬斎氏の「能・狂言ならではの発想」がどう生きるのか、新制作公演への期待が高まります。

そしてこれを受けるように指揮者・阪哲朗氏は、5月に行われた記者会見時に下記のとおりに語っています。

(―中略―)「先ほど萬斎さんから『シンプルな演出プラン』と初めてうかがい、ますます楽しみになりました。例えば 鹿鳴館を思い浮かべ、ワルツに日本的な『間(ま)』を入れるとか、無限の想像力の余地があります。 映画監督のように萬斎さんと2人、芝居のスピードを音楽のスピードとシンクロさせるような試みに挑みたいです。実は、オペラよりオペレッタの方がより、歌手とのクリエイティヴな作業を楽しめます」
(5/2制作記者発表の取材・執筆:池田卓夫=音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎より引用)

ヨーロッパでの経験豊富な阪氏ならではの意気込みを感じます。

『こうもり』は、ヨハン・シュトラウスII世による素晴らしい音楽も主役です。
ヨハン・シュトラウスII世の『美しく青きドナウ』は、皆さまもきっとどこかで聴いたことがあるかもしれません。彼はウィーンを中心に活躍した19世紀の音楽家で、「ワルツの父」と呼ばれるヨハン・シュトラウスⅠ世を父親に持ち、その才能を引き継ぎました。ワルツやポルカなどの作品を多数生み出し、「ワルツ王」の名で親しまれました。その彼がオペレッタの分野に着手したのは46歳のときで、試作ともいえる『インディゴと四十人の盗賊』以降「オペレッタ王」とも呼ばれるようになりました。そんなオペレッタ王による軽妙洒脱な音楽は耳に心地よく響きます。

ところで、この『こうもり』が作曲されたのは、約150年前の1874年です。
150年前の日本は、鉄道が開通し、西洋化の波が押し寄せ、人々の生活が大きく変化した時代です。太陽暦が採用され、都市では煉瓦づくりの洋風建築がならび、舗装された道路を鉄道、馬車や人力車が走るようになりました。ガス灯やランプが使われ始めたのもこの頃です。人々は洋服を着て帽子をかぶり、靴を履くようになりました。

今回の新制作『こうもり』の舞台は、この文明開化最中の日本です。
主要な登場人物の一人、アイゼンシュタインの職業は、原作では銀行家のところ、新制作では質屋になっています。第2幕のオルロフスキー公爵の夜会は、明治時代の社交場であった鹿鳴館をイメージした舞台です。

『こうもり』の物語で最も華やかで、見どころとなるのが、この第2幕夜会の場面です。
夜会の出席者は皆着飾り、仮面をつけるため、話す相手が誰だかわかりません。アイゼンシュタインとロザリンデ夫婦は、お互い、同じ夜会に出ることを知らずに出かけ、思いがけず対面してしまいます。しかもアイゼンシュタインは、相手を妻と気づかず、仮面をつけたハンガリーの貴婦人を名乗る女性を口説きます。こうもり博士のあだ名を持つファルケ博士による、こうもりの復讐となるのが原作ですが、新制作ではこうもりの「抱腹(報復)絶倒」の展開となります。

「第2幕では全員が別の人物に変身します。誰もがいつも、どこかに持っている変身=非日常に対する気持ちは古今東西、共通のものでしょう。狂言のように仮面をつけ他の人になればこそ見えてくる本人の本質、内側もあります。非日常を見て再び、日常が愛おしく思えるのです。コロナのパンデミックの後、お客様が共感できる舞台を一緒につくり出していけるのを楽しみにしています」
幸田浩子(ソプラノ=アデーレ)
(5/2制作記者発表の取材・執筆:池田卓夫=音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎より引用)

「お2人の話を聞いて、ハードルがどんどん高くなるのを感じました(笑) 《こうもり》ではバカ騒ぎの喜劇の中に、世紀末の匂いが漂います。『もう1人のシュ トラウス』、リヒャルトは同時期に豊麗な管弦楽を書いていたのですから、本当に危険な時代だったと思います。オペレッタを初めて演出する萬斎さんともども、世紀末に生まれた新しい音楽から、さらに新しいものを生み出す作業はとても挑戦的です」
福井 敬(テノール=アイゼンシュタイン)
(5/2制作記者発表の取材・執筆:池田卓夫=音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎より引用)

出演者たちの言葉からも新演出、新制作への期待が伝わってきます。
オペレッタ王ヨハン・.シュトラウスⅡ世による高い芸術性。舞台となる文明開化の日本。そして、上演される現代。萬斎氏の新演出がこれらをどう融合し、どんな新しいシナジーを生むのでしょうか。ぜひ、ご期待ください。

(参考文献)
Rouchhouse,J.(1999) L’ Opérette, Presses Universitaires de France.(岡田朋子訳(2013)『オペレッタ』白水社).


全国共同制作オペラ 東京芸術劇場シアターオペラvol.17
野村萬斎演出 J.シュトラウスII世/喜歌劇『こうもり』(新制作)

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