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2023年10月10日

平井 孝志『武器としての図で考える経営: 本質を見極め未来を構想する抽象化思考のレッスン』

平井 孝志
筑波大学大学院ビジネスサイエンス系 国際経営プロフェッショナル専攻 教授
平井孝志

図で考えれば経営はうまくいく

経営について、うまく考えられないのはなぜか?

 ここで言う経営とは、事業戦略や組織、マーケティングやイノベーションなど、企業の未来を左右する重要な領域のことです。難しそうに聞こえるかもしれませんが、こういった「経営」は、皆さんの日々の仕事にも深く関わっているか、あるいは、仕事そのもののはずです。

 そしておそらく皆さんは、日々の仕事の中で、経営について考える際に、次のような悩みを持っているのではないでしょうか。

 「現在の延長線上でしか解決策が出てこない」
 「どこからどこまでの範囲を考えるべきか。どう考えるべきか。自己流で自信がない」
 「みんなで議論をしていても、噛み合っているのかどうか、わからない時がある」
 「結局、勘と経験だけが頼り。他社の真似か、対処療法的なことばかりしている」

 このように、経営について考える際に「この考え方でいいのかな?」と不安を感じている人は少なくありません。
 「もっとうまい考え方があるのではないか?」
 「もっとちゃんと考えられれば実際に経営もうまくいくのではないか?」
 『武器としての図で考える経営』では、そうしたお悩みをお持ちの方に、効果的な処方箋を出すことを試みます。

数字やファクト「だけ」で考える限界

 「なぜ経営について、うまく考えることができないのか?」を知るために、まず皆さんが、そもそも経営について、いつもどのようにして考えているかを振り返ってみて下さい。
 いまどき「勘と経験」だけを頼りに経営を考えている人はいないでしょう。では、何を元に考えているでしょうか? 経営会議の資料には、何が書かれていますか?
 それは数字やファクトではないでしょうか。
 ビジネスにおいて、数字やファクトは確かに重要です。数字がなければ自社の現在地や今後の展望がわかりませんし、ファクトがなければ、世の中の変化や顧客ニーズに気づくことができません。競争や変化が激しい現代社会において、これらを蔑ろにして経営を考えることは不可能です。だから、経営を考える上で、数字やファクトが必須であることは、間違いありません。
 ただし、それだけでは不十分なのです。
 なぜ不十分なのかは、本書のChapter0で詳しく紹介しますが、一言で言うと、ファクトや数字だけでは「本質」も「未来」も見えないからです。

 エクセルに並んだ数字だけを見ても「上がった」「下がった」の議論しかできません。
 新聞や雑誌に書かれた記事(ファクト)を読んでも、現象、つまり結果論しかできません。

 つまり、どれだけ数字やファクトをもとに経営について考えても、それは、表面上に見えている現象や過去(結果)をこねくりまわしているだけに過ぎないのです。
 繰り返しになりますが、数字やファクトは重要です。経営を考える上で欠かせません。しかし、新しいサービスや戦略を考えたり、組織マネジメントを考える上で、より「本質」に迫り、「未来」を構想するためには、数字やファクトを元にした左脳的思考だけでは無理があるのです。
 そしてよくある過ちが「経営についてうまく考えられないのは、数字やファクトの量が、まだ足りないからだ」と、さらにその量を求めようとすることです。いくら数字やファクトが書かれた資料を分厚くしても、良い結果を生むとは思えません。下手をするとどんどん悪循環に陥ります。考えるべき要素を数え上げ、情報収集に走り、集めた情報に溺れて、さらに混乱してしまう。まったくの逆効果です。

なぜ「図」を描いて経営を考えるべきなのか?

 経営を考える上で、数字やファクト以外に必要なもの。より「本質」に迫り、「未来」を構想する上で欠かせないもの。それが本書で紹介する「図」です。
 図を描きながら経営を考える。それだけで、経営についての考えが、これまでの2倍、豊かで、ユニークなものになるでしょう。結果的に、経営も2倍うまくいくのではないかと思います。
 この「2倍」という数字に科学的な根拠はありません(笑)。でも個人的には、それくらいのインパクトはあると思います。だって、いままで「左脳」でしか考えられなかった経営を「右脳」も使って考えることができるようになるのですから。
 ビジネスは様々な要素の関係性で成り立っています。そんなビジネスを取り巻く豊かな関係性は、左脳的な文字や文章、数字だけで捉えるのには無理があります。関係性を解きほぐして原因に迫り、本当に正しい意思決定をするためには、もっと感覚的に、イマジネーションを膨らませて右脳的に見て、考えることが効果的です。その方法が「図を描いて考える」ことに他なりません。
 経営について「右脳+左脳」ではなく「右脳×左脳」で考えることができるとすれば、今までの考え方の2倍どころではないアップグレードがなされると言っても、過言ではないでしょう。

重要なのは「( 完成した)図」ではなく「図を描いて考える」行為

 本書は「図で考える」アプローチをテーマにしました。
 ただし、素晴らしい図を描き、完成させるためのスキルについて紹介するわけではありません(私にはそんな画才はありません……)。
 そうではなくて、左脳にプラスして右脳もフル活用し、図を手掛かりに経営について深く・広く考え、本質に迫るためのヒントを明らかにする試みです。なぜなら、意味があるのは、完成した図ではなく、図を使いながら考えるプロセスそのものだからです。
 図を描いて経営を考えることには様々なメリットがあります。
 図を使いながら考えると、思考の「見える化」ができ、論理の抜け漏れが見えてきます。
 それに図は、頭の中でイメージしやすく、いつでもどこでも頭の中で引っ張り出してきて、粘ちっこく考えることも可能になります。
 また、図を描くと、モノゴトの全体像(ビッグ・ピクチャー)や、論理の関係性や、そこに作用するダイナミズムが浮き彫りになります。だから図を「ぐっ」とにらんでいると、現象の裏にある本質や、そこから導き出される未来に気付くこともあります。
 もちろん図は、一人で考えるときだけでなく、複数の人との議論する際にも威力を発揮します。みんなでホワイトボードを囲んで議論すれば、議論そのものが「見える化」され、腹落ちする共通認識をつくったり、新しい発想を得ることにもつながります。
 さらに図を描くことで、長期的なメリットを享受することもできます。「これはすごくいい図だなぁ」と思ったものを「モジュール化」して手元に蓄積できるからです。そんな図のストックを増やしていけば、新しい問題に直面したときに、アナロジーを働かせることができます。

なぜ名経営者はナプキンの裏に図を描くのか

 図を描いて経営を考えることの効用は、単なる私の思いつきではありません。ビジネスにおいて、図がすさまじい威力を発揮した幾つかの具体例をお話しましょう。よくビジネスの成功物語には、ナプキンの裏に描いたメモが出発点になったというエピソードがついて回ります。これは典型的な、図を描いて経営を考えて大成功した例に他なりません。
 たとえばアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスは、ナプキンの裏にループ図の成長モデルを描きました。GEの中興の祖ジャック・ウェルチは、ナプキンの裏にベン図の事業構想図を描きました。格安航空会社の基礎を築いたサウスウエスト航空の創業者3人は、ナプキンの裏にダラス・ヒューストン・サンアントニオを結ぶ三角形のルート図を描きました。

 これらは、経営学の本やビジネス書の中で、繰り返し語られる伝説的なエピソードです。そして実際に、彼らが描いた図が元になって、その後世界を一変させるようなビジネスができあがりました。ナプキンの裏に描かれた落書きのような図が、成功の裏側にあるメカニズムそのものだったからです。
 ジェフ・ベゾスはオンラインで本を売ることを始めたから凄いのではありません。成長のメカニズムの本質を突いたから凄いのです。ジャック・ウェルチも、市場でNo1、No2になるという事業の選択と集中を行なったから凄いのではありません。資源有効活用のための論理モデルを創ったから凄いのです。サウスウエスト航空も、田舎で安い運賃の飛行機を飛ばしたから凄いのではありません。大手航空会社のハブ・アンド・スポークのルート設計に対して、点と点を結ぶピア・ツー・ピアという斬新なネットワークを持ち込んだから凄いのです。
 もし彼らが図を描かずに、こんな風に経営を考えていたとしたらどうでしょう。

 「ライバルのA社がこんなサービスを始めた。うちはどうする?」
 「今期の売り上げが○○だった。じゃあ来期は△△でいいかな?」

 このようにファクトや数字だけで経営を考えていては、今のような成功はなかったでしょう。そうではなく、図を描き、右脳もフルに使って経営を考えたからこそ、世界にインパクトを与える経営を実現できたのです。
 ちなみに、彼らの描いた図が、ナプキンの裏に描ける程度のものだったことは、大変示唆に富みます。ナプキンの裏には長い文章をダラダラとは書けません。経営において大切なのは情報量ではないということです。
 ファクトや数字からなる膨大な資料よりも、よりよい経営を考える上で必要なのは、ナプキンの裏に描く程度の図。成功のためのメカニズムやモデル、ネットワークといった「勝ちパターン」は、ちょっとした図を描くことで手に入ることがあるのです。

できる人は、図を使いこなす

 私はこれまで、ベイン・アンド・カンパニーやローランド・ベルガーといった戦略系コンサルティングファームでコンサルタントとして働いてきました。また、デル、スターバックスでは経営企画やマーケティング部門の責任者をしたこともあります。マサチューセッツ工科大学(MIT)にもMBA留学しました。今は、筑波大学大学院で経営戦略論を教えています。
 その中で「この人すごい!」「考えが深い!」という人に、幾度となく遭遇してきました。

・業界知識や情報で戦うのではなく、鋭い論理でクライアントを唸らせるコンサルタント。
・複雑な経営課題を単純明快な論理で切って取る経営者。
・ホワイトボードの前に立って議論をテキパキと捌き、思考水準を一段高めるMBA生。

 その人達も決まって、経験や知識だけに頼らず、図の力を借りながら本質に迫っていました。
 「経営で成果を出す人が必ず図を使っている」とまでは言えませんが、少なくとも「図を使って経営を考える人は、成果を出す確率が高い」とは言えると思います。

本書の狙い

 本書では、これまで私が見聞きしたり、経験したり、学んできたことを題材に、経営課題を図で考え、深堀りして考える方法をご紹介します。右脳を使うことで、今まで見えていなかったことに気づけたり、より本質に迫ることが可能になる方法です。
 そういった意味で、本書は経営学の教科書や解説書とは異なります。決して理論やフレームワークを網羅的に説明する本ではありません。ですので、簡単なノウハウやスキル、体系的な知識は手に入らないと思います。でも本書を片手に手を動かしながら、図を描きつつ読み進んでいただければ、視座・視点・視野の広がりを実感してもらえると信じています。
 また、「図で考える」アプローチは、手っ取り早いノウハウではなく「考え方」です。なので「HowToがない」「すぐに役立たない」という苦情も聞こえてきそうです。あるいは「言われたように図を描いたのに答えが見えてこない」というお叱りもありそうです。おそらくその通りです。「図で考える」アプローチは、そんな手軽なものではないからです。
 しかし、手軽でないからこそ、図で経営を考えられるようになれば、他の人との差別化になるはずです。急がば回れ。習うより慣れろ。時間はかかるかもしれません。でも始めなければいつまでたっても脳の半分を使えないまま。それは実にもったいないことです。

 最近ではビジネスへの影響因子として、社会貢献や環境、コンプライアンス、さらには地政学的な要素などが加わりました。考えなければならないことの増殖は止まりません。ますます正しい答えが見えにくくなっています。それでもビジネスの世界では、迅速な意思決定を日々していかなければならない。我々はそんな矛盾に直面しています。
 それゆえ私は、ますます「図で考える」アプローチが重要になってくると考えています。表層的なことにとらわれず、本質的なメカニズムを見据えないと、根本的な解決策やアイデアに近づくことはできないからです。
 本書が、皆さんの考える力を補強し、ビジネス上の課題に直面した時に役に立つ武器になれば幸いです。

『武器としての図で考える経営: 本質を見極め未来を構想する抽象化思考のレッスン』の「はじめに」より著者と出版社の許可を得て抜粋・掲載しました。無断転載を禁じます。
出版社:東洋経済新報社 ; 発売年月:2023年9月; 本体価格:2,000円(税込)


平井孝志

平井 孝志(ひらい・たかし)
筑波大学大学院ビジネスサイエンス系 国際経営プロフェッショナル専攻 教授

慶應MCC担当プログラム
経営戦略―ビジネスモデルと成長戦略

東京大学教養学部基礎科学科第一卒業、同大学院理学系研究科相関理化学修士課程修了後、ベインアンドカンパニー、デル(法人マーケティング・ディレクター)、スターバックスコーヒージャパン(経営企画部門長)、株式会社ローランド・ベルガー 執行役員 シニアパートナーなどを経て現職。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院MBA。博士(学術)。コンサルタント時代には機械/電機メーカー、商社など幅広い業界において、全社戦略、マーケティング戦略の立案・実施などに豊富なコンサルティング経験を持つ。

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