KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ピックアップレポート

2023年11月14日

高田 朝子『手間ひまをかける経営‐日本一コミュニケーション豊かな会社の「関わる力」‐』

高田 朝子
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授

困難を先送りしてきた日本企業のツケ

 最近の企業環境の変化の速度の凄まじさは、人類が経験したことのないものです。特に、コロナ禍以降、今までの常識が覆され、新たな経営のやり方、働き方を作り直さなければいけない事態に直面しています。多くの企業が環境に翻弄され、どのように経営をしていくのかの指針に自信を持つことができないでいます。

 日本企業は今まで多くの困難に直面しなんとかこれを乗り越えてきました。もしくは乗り越えることはせず、先送りにしてやり過ごして来ました。「今はやらないけれど、いつかはやる」として実際には何もやらない先送り行動は、急激な変化よりも曖昧さを好む私たち日本人の得意なやり方でした。

 意地悪な見方をすると、抜本的な改革をせずにそれまで蓄えていた知恵や技術の貯金でなんとかなってきたというのが、正確な描写かも知れません。企業はゴーイング・コンサーンで、継続していくことが前提です。企業の日々のオペレーションで売上を立てることで忙殺されると、先送りをすることが日常になりやすいのです。ここには悪意はなく、「一生懸命だったが仕方なくそうなってしまった」のです。

 くわしくいうと、人や組織の分野ではまったく大きな変化がありませんでした。20年前のオフィスでとられた集合写真と今のものを比べてみれば、人員構成という点ではそこまで大きな違いは見られません。外国人と女性の数は増えているでしょう。しかし、劇的に変わった集合写真になるのは、一部の業種だけです。様々な経済イベントの新聞広告をご覧下さい。男性ばかりの登壇者の写真がずらりと見られるのはここ数十年変わらない紙面構成です。それがSDGs関連の広告であったりするとなかなか不条理な光景です。

 企業の管理職における女性比率は最近、確実に上昇しています。数字で見ると1989年が課長以上2.0%、部長以上が1.3%から徐々に増えて、2018年には11.2%と6.6%です。しかし、米国の39.2%ドイツの28.1%、英国の36.2%と比較すると圧倒的に低いレベルを維持しています。加えて企業における外国人比率も2006年の0.8%から2018年に2.2%と若干増加していますが、極端に少ないことがわかります。ここまで人員構造に変化がなかった国は先進国では非常に珍しい。

 GDP成長率においても、わが国は2001年の1.16倍程度で低値安定しています。アメリカやカナダが約2倍程度、EU諸国の平均が1.6倍程度、中国10倍以上、韓国3倍以上から考えると低成長そのものです。そして、賃金も1991年を100とした実質賃金の比率は101.4です。上昇率は、ほとんどゼロです。アメリカ、イギリス、オーストラリアやスウェーデンは260前後、フランス、ドイツ、イタリアは200前後ですから、ずば抜けて賃金が上がっていない国ということになります。

 私たちの国は、一生懸命働いているのに給料が上がらず、生活が塩漬けで女性や外国人が活躍出来ない国です。しかし不思議なことに暴動が起きていないのです。世の中や低賃金に対して怒っている人がたくさんいて、彼らが毎日暴れ狂っているわけではありません。むしろ、世界への調査では常に訪れてみたい国や地域の中で、上位に入る「政情が安定した美しい国」ということになっています。それに甘んじて多くの人びとは、劇的に何かを変えるのではなくて、今のままで良いという奇妙な自信感を持っているのが、少なくともここ数十年のわが国の実情です。

「今までのやり方が通用しない」という焦燥感

 この感覚は現在、非常に多くの日本のビジネスパーソンが実感していることです。私は長年ビジネススクール(経営大学院)で組織マネジメントを教えていますが、学生である40~60代までの現役のビジネスパーソンたちも自分たちのやり方が上手くいかなくなっているという焦燥感からくる発言を多く聞きます。「自分が入社してから積み上げてきた営業のコツがコツでなくなった」というのです。私たちが持っていた対応の規則が陳腐化し、使用不能になりつつあることが浮き上がる瞬間です。もちろん、本人の問題の場合もあるでしょう。しかし、その背景には今までやり過ごしてきたものが、やり過ごせなくなっている現実があります。私たちが得意である「先送り」をすることが、大きな不幸への入口になっていることを実感しているのです。

時代の潮目が変わっている。自らが変わらないと取り残される。

 これは多くの人が体感的に感じているのではないでしょうか。次の時代に向かって自分たちを取り巻く環境が激しく変化していて、今までのやり方が適応不能になりはじめている。統一と同調の時代から曖昧で不安定な時代への変化をうけて、私たちはどう振る舞えば良いのか。

 曖昧で不安定に世の中が推移する時代では今まで以上に誰もがリーダーシップをとることが求められます。リーダーシップの中枢は決めることと仕事を配ることです。意思決定をして周囲にアサインする、配分する。
 特に次々と変わる場面で意思決定をし続けるという行為は私達の国の個人が苦手としてきたことです。日本企業の多くは似たような経歴の人が多く集まる同質性の高い集団で、会社の方針に従順な統制のとれた組織です。合議制が制度としてとられていますから、個人に目まぐるしい数の意思決定を求める状況は一般的ではありませんでした。しかし、潮目が変わっている今、猛烈なスピードで変化する環境においては、会社が決めてくれるのを待つのではなく、個人が現場で様々に意思決定することなしには仕事は回りませんし、競争優位は生まれません。そのために何をどう考えればいいのか。

 この視点で私は新著『手間ひまをかける経営‐日本一コミュニケーション豊かな会社の「関わる力」‐』を書きました。本書では、最初に、意識をすりあわせるために、何がおきていてどう考えて対応すれば良いのかについて視点をすりあわます。そして2章以降で企業がどのように経営し個人がリーダーシップをどうとって潮目が変わる中で対応していくのかについて論考しています。リーダーシップといっても個人で努力する部分と、企業が関与し育成する部分があります。組織は戦略に従います。曖昧で不安定な時代において環境、特にコミュニティと共創戦略をとることは必要で、そのために企業はどのような経営を行いリーダーシップのとれる社員を育成するのか。本書では京都信用金庫の道のりを題材(ビジネススクールでいうところのケース)に考えます。皆様のこれからの経営とリーダーシップのヒントになりましたら幸いです。

『手間ひまをかける経営‐日本一コミュニケーション豊かな会社の「関わる力」‐』の「はじめに」より著者と出版社の許可を得て抜粋・掲載しました。無断転載を禁じます。
出版社:生産性出版 ; 発売年月:2023年11月; 本体価格:2,200円(税込)


高田 朝子

高田 朝子(たかだ・あさこ)
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授

慶應MCC担当プログラム
強い組織をつくるリーダーシップ
混沌の時代を切り拓く意思決定

モルガン・スタンレー証券会社勤務をへて、サンダーバード国際経営大学院国際経営学修士(MIM)、慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営学修士(MBA)、同博士課程修了。経営学博士。専門は危機管理、組織行動。イオンディライト株式会社社外取締役。

メルマガ
登録

メルマガ
登録