夕学レポート
2015年11月14日
いざ、理念先行型経営
欧州統括本社であるアシックスヨーロッパB.V.での経験を経て、日本を含む全世界のASICSの企業体制の変革と成長を推進してきたASICS尾山基社長。自社の反省すべき点や失敗だった事業・ビジネスモデルについても時間の許す限り包み隠さず紹介してくれた姿勢が、リーダーにふさわしい品格を感じさせ、強い信頼感を抱いた。
尾山さんにとって良い事業の基準のひとつは、企業理念である「健全な身体に、健全な精神があれかし」に即しているかどうかにあるように思う。尾山さんの改革の根底には、一貫してこの企業理念が流れていた。
ただ売れるだけの商品を作るのであれば、流行のモデルに合わせた洒落っ気たっぷりのスニーカーを作ればよい。もしASICSが一部巷で流行している高いハイヒールつき運動靴を売っていたら、消費者はASICSのブランドイメージとのずれに違和感を覚え、たまげるだろう。・・・もしASICSがこんな靴をつくろうとしていたならごめんなさい(笑)。
企業理念を貫くというロマンにはきっと世界を変える力がある。これを是非、未開拓の市場でも実現してほしい。もっと過酷でもっと土ぼこりまみれの土地で。欧州スタンダードのビジネスやガバナンスが日本やその他先進国で浸透したのだから、次の波は成長著しい発展途上国へ。市場の画一化は進んでいる。ASICS創業当初に思い描いた、戦争で傷ついた日本の若者・青少年に夢を与えたいという希望は、60年以上の時を経て、現在戦争や貧困で苦しむ若者へその対象が引き継がれてほしいと思う。
例えば、旧紛争地域では、青少年は運動を通じて、リフレッシュし健全な精神を取り戻すことができる。分断されたコミュニティー間の交流にもつながる。また、いがみ合っていたコミュニティー同士がスポーツという秩序の中でストレスを発散することで、社会的な緊張関係を緩和することができる。そして、このような交流は好奇心旺盛で柔軟な思考を持つ若者の間で促進されるだろう。
たしかに、日本企業にとって、いまだに緊張の続く旧紛争地域へビジネスを展開するのは簡単なことではない。経済社会が壊れている地域で、製品が売れるのかどうかはわからない。また、日本から出張者を出すことすらリスクである可能性もある。国際機関との連携や、現地企業との提携等作戦を事前に深く練る必要がある。国際貢献という形で世界にファンを増やす活動において、先行する競合も少なくない。例えば、ユニクロは国連難民高等弁務官事務所と世界の難民にリサイクル商品を届ける支援活動を行っている。めちゃくちゃ高いハードルが立ちはだかっているようにも見える。
しかし、こういうときこそ、シンプルに理念先行型であることの重要性が発揮されるのではないか。経済が崩壊しているならば、一枚のコットンティーシャツから販売すれば、染色代も余分な縫製費もかからない。フリースは人々を寒さから守る。ASICS商品ならば、動きやすく、運動によって新陳代謝が促進され、積極的に健康を手に入れることができるかもしれない。運動の習慣も定着するかもしれない。
日本人が出張するのが困難な地域に製品を届ける技術や仕組みは必ずある。必ずしも日本人が手押し車に荷物を乗せて運ぶ必要はない。とにかく、徹底的に「健全な身体に、健全な精神があれかし」。ただ単純に旧紛争地域で売れる商品は何だろうと考えているのであれば、その後たとえその市場が発達しても、心身ともに健康な社会を実現することはできない。
尾山さんの夢は、この企業理念とそれを反映したブランドイメージの普遍的価値としての浸透にあるそうだ。ココ・シャネルの生き方そのものが、No5が永遠に愛され続けることの理由であるように、きっとその理念そのものがブランドとなりみんなに愛されるということだろう。
ASICSのウエアに身をつつみ、しっかり自分の足もとを支えてくれるシューズで地面を蹴りだせば、明日への希望の精神がわいてくる。そんな感じが世界中で共有できれば、もっと世界がわくわくする。
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