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夕学レポート

2015年11月16日

習近平で読み解く中国

photo_instructor_797.jpg習近平の中国とは、すなわち共産党の中国、の謂である。共産党と中国人民の関係を知ることこそが、対中理解の鍵である――覚醒後、走り続けてきた獅子が、ついに息を切らせ立ち止まったかのように見える昨今。日中外交の第一線に立ってきた宮本雄二氏の言は、強い説得力をもって響く。


実際、”奥の院”で行われていることは、そう簡単にわかるものではないらしい。天安門事件勃発後、アジア局中国課長だった氏は、事務次官から「アメリカが、共産党は後退したと言っている。本当か」と問われ、「後退したという実感はない。改革開放政策は変わっておらず、人事も刷新されていない」と即座に応じた。結果的にアメリカは間違っており、氏の指摘の方が正鵠を得ていたことになる。天安門事件後も鄧小平はひるまず動いたため、共産党の勢力は衰えず延命できたのだ。CIAやKGBすら掴めなかった事態を、氏はなぜ推測できたか。この時はある種の”勘”をもって述べたというが、そのセンスを醸成したのが「分析」、つまりは「蓋然性を積み上げて絵をつくりあげていく」インテリジェンスであったろう。言い換えれば、「相手を知り、相手の立場に立って考える」という、人間関係の至極まっとうな基本が肝要というわけで、それが一番難しいということもまた真である。漫然と中国のことをわかったような気になっているだけで、日本の中国理解もまだまだ不十分なのだと気付かされる。

経済発展は、党とともに

曲折を経て、8668万人の共産党員のテッペンに上りつめた習近平が、13億の民を束ねるために最も重要視するのは、やはり、とりもなおさず「経済」なのだという。「経済が安定」すれば「社会は安定」し、「共産党の統治」は守られる。そして3点の均衡は、今、極めてセンシティブな状態にある。鄧小平が道筋をつけた改革開放政策から30余年。走り続けてきた中国経済はついに曲がり角に来た。これまで、外国の資本を入れ、技術を導入し、安い労賃で安い製品をつくり、世界市場に輸出してきた成長モデルが、人口ボーナスが終わりを迎えたために無限の労働力供給ができなくなり、いわゆる「ルイスの転換点」を迎えそうになっている。このままいけば労働者の収入は増え続け、他国にありがちな「中進国の罠」にはまってしまうだろう。よってこれから先10ないし15年ほどの間に成長モデルを転換できるかどうかが習の双肩にかかっており、さてお手並み拝見、というところなのだ。
遡れば、2008年のリーマンショックで瀕死状態に陥ったアメリカを尻目に躍進を遂げ、2010年には日本のGDPを追い越し、その後も年率7%前後の成長率をかろうじて達成し続けてきた。2020年は中国共産党が設立されて「最初の100年」目の記念の年でもあり、その節目までにという意味においても、経済の持続的成長の新モデルをつくり、格差の少ない平準化した社会をつくりあげることが、最重要課題とされているのだ。

民を怒らせるな

一党独裁、という強硬なイメージが根強い中国共産党だが、経済発展という実際的なアメの他にも、人民に寄り添う政策を模索していると聞けば、意外な心持ちになる。もはや毛沢東の時代のような独裁政治に戻ることはできないし、共産党のレゾンデートルを、上から目線ではないかたちで民の心に植え付けたいと、心底願っているというのだ。
それがゆえに、習は共産党の宿痾である腐敗の撤廃にも、ガチで取り組む。外野ながらどこまで徹底できているのやら甚だ疑わしい気もするが、今度という今度は、本気らしい。それほど、共産党は民の怒りの暴発を恐れている。「自分が受けてしかるべき」利益を受けられない現実ほど、中国人にとって我慢ならないことはないのだという。平たくいえば「やっかみ」だが、このあたりは日本人にはなかなか想像しづらい感覚なのかもしれない。
沿海を中心に中産化した3~5億人についていうなら、既に大学進学率は25%を超え、1億人以上が海外旅行に出かけるようになっている。そんな「賢くなり、智恵をつけた」人民に対し、「この本は読むな、ネットは見るな」などという昔式の思想統制を続けるのはバカげている、と氏は憤る。民の声に耳を傾け、政策に反映していくメカニズムをつくることも中国共産党の大きな課題であると。たいそう難しそうだが、習にどんな秘策があるのだろうか。

日本にできること

ナショナリズムとの折り合いのつけ方も難しい。日本に対しては尖閣問題がさらにこじらせた対外強硬路線と、経済重点路線の間を行きつ戻りつしながら、民の顔色をうかがっているというところだろうか。当然のことながら日本でも国民レベルで意識を変えていかねば、と氏は提案する。今年500万人にも達しようとする中国からの観光客たちは、日本に来て、帰って、必ずや現実的な我が国の姿を伝えてくれよう。環境や高齢化社会の問題で先を行く日本に学ぼうとする姿勢も、昨今の中国には見え始めている。「相手を知り、相手の立場に立って考える」外交のインテリジェンスの原点を、我々一人ひとりも模倣してみるべきなのだ。
魑魅魍魎が跋扈する、到底理解不能な中国共産党。カシラの習近平はその最たるもの、という私自身のイメージは、これで少し払拭された。思考停止はよくない。よく知ろうと努め、想像の翼をはばたかせたい。無論、日本の政治家の皆さんもその努力を怠らないで欲しいと希う。

茅野塩子

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