ピックアップレポート
2026年03月10日
清水たくみ「AI時代に起こった組織・働き方の変革と、求められる人材投資・個人の学び」
デジタル技術の進化、とりわけ近年の生成AIの急速な普及は、組織のあり方や人の役割、組織と個人の関係性を根本から変えつつあります。もはやデジタル技術は、単なる効率化の道具ではありません。それは私たちがビジネスを行う前提であり、組織や戦略と不可分に結びついた存在です。経営情報学・経営組織論を専門とし、「技術と社会の変化が経営組織に与える影響」に注目して未来の組織のあり方や個人の働き方を探究する清水たくみ先生に、テクノロジーの進化が組織に何をもたらしているのか、そしてその変化に対応するために、企業はいかなる人材投資を行い、個人はどのように学ぶべきかについてお話を伺いました。
テクノロジーの劇的な進化による組織・働き方の変化
生成AIをはじめとするさまざまなデジタル技術の進化は、組織内コミュニケーションや働き方の多様化を一気に進めました。例えば、オンラインツールはコミュニケーションのスタイルを、リモートワークは勤務体系を多様にしました。直近では、生成AIによって知的作業が代替される場合も増えています。加えて、ダイバーシティ&インクルージョン、ESG、サステナビリティといった社会的要請も高まり、組織は複数の変化に同時に向き合いながら運営をしなければなりません。
デジタル環境では、ビジネスのスピード、意思決定のあり方、求められる組織文化やマインドセットが、従来型の事業環境とは大きく異なります。GAFAに代表されるデジタルプラットフォーム企業では、デジタル技術の活用を前提に、ビジネスモデルや組織が設計されています。一方、多くの日本企業には素晴らしい技術力があるにもかかわらず、それを組織として活かしきる柔軟性や俊敏性(アジリティ)が、テクノロジーの進化スピードに追いついていない側面も否めません。デジタルと組織・事業はもはや切っても切れない関係にあり、両者は融合したものとして運営されなければなりません。この変化を組織の「OS」として組み込めるかどうかが、競争力を左右する時代になっています。
デジタル投資の成否を分ける「デジタル文化資本」
DX(デジタルトランスフォーメーション)は、デジタル技術を活用して事業や組織の変革を実現する取り組みです。産業全体といったマクロレベルでは、デジタル投資が企業業績にプラスの影響を与えるという研究結果が多く示されています。一方で、個々の組織に目を向けると、その効果は一様ではありません。デジタル投資の成果は、組織の特性や能力に大きく左右されるためです。
そこで注目されるのが「デジタル文化資本」という考え方です。これは、デジタル技術を活用するための土台となるもので、(1)デジタル技術の動向・意味・可能性についての「認識」、(2)新しい技術を組織的に活用することを奨励・促進する「動機付け」、(3)デジタル技術を実際の業務やビジネスモデルに活用するための「スキル」という三つの要素から構成されます。

研究からは、こうしたデジタル文化資本が高い組織ほど、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)投資を企業業績へと結びつけやすいことが示されています。重要なのは、技術そのものや一部の人材が持つ高度なITスキルではなく、組織全体としてデジタルを「自分たちの課題」として捉え、活かせる文化と人材の土台です。「これはIT部門だけの話ではなく、我々の事業や組織そのものの話だ」と理解することも第一歩ですし、新しい技術を「面倒なもの」ではなく「機会」と捉えて使ってみる。その積み重ねが、デジタル時代の組織へのアップデートにつながっていきます。
先進企業では、内部でのデジタル人材の採用や育成に加え、外部の知見も積極的に取り入れながら、この文化資本を意識的に育てています。生成AIのようなパワフルな技術が登場してきた局面ほど、「人」への投資を怠ると、技術投資そのものが形骸化してしまう危険があると思います。デジタル技術そのものの優劣だけで勝負は決まらず、いかにそれを活用できる人材・組織を構築するかが、最終的な組織のパフォーマンスを決定づけます。
AI時代に求められるのは「人間にしか生み出せない独自性」
個人にとっても、目の前の業務だけでなく、テクノロジーの潮流や全体像を捉える視点が欠かせません。これまでの分業を前提とした時代とは異なり、現業に新たな知見を掛け合わせて価値を生み出す力が、競争力の源泉になります。目の前の仕事をしているだけでは、新しい発想や、新技術を組み込んだ新しいビジネスモデルを生み出すことは難しいでしょう。
生成AIは情報収集や文章作成、データ分析といった業務の「平均点」を容易に引き上げ、個人のアウトプットの底上げとしての効果は、さまざまな学術研究で確認されています。一方で、AIが生成した文章・アイデア・調査内容などは一定以上に整っているため、当該分野のドメイン知識や経験が乏しい場合、「自分のアウトプットが平凡・平均的なものであることにすら気付けない」危険性が高まります。AIに思考・分析・意思決定を丸投げしてしまうと、アウトプットの陳腐化は避けられません。
これからのビジネスパーソンに求められるのは、AIが提示する論点を超えて、独自の切り口や深い示唆を生み出す力です。そのためには、AIを思考の補助として使いこなしながら、自分自身の問いや切り口を磨き続ける学びが不可欠でしょう。
日本のDX成功率がグローバル平均を下回る現状を踏まえれば、AI時代の組織変革は避けて通れません。変化への対応は喫緊の課題です。
組織は、デジタル技術そのもの以上に、それを活かす人材と組織内の「デジタル文化資本」の醸成に投資すべきです。個人は、デジタル技術と共存・共進化しながら、独自性と深い示唆を生むための思考力を磨く学びが不可欠です。組織の外に出て知的刺激に身を置き、自身の経験と新たな知見を掛け合わせながら、「人間にしか生み出せない価値」を磨いていくことが、これからますます重要になっていくはずです。

清水たくみ(しみず・たくみ)
慶應義塾大学総合政策学部准教授
慶應義塾大学総合政策学部卒業。ローランド・ベルガーにて戦略コンサルティング業務に従事した後、マギル大学大学院よりPh.D.(経営学)を取得。早稲田大学ビジネススクール准教授等を経て、2021年より現職。専門は経営情報論および経営組織論。
特に技術と社会の変化が経営・組織に与える影響に注目し、未来の組織・働き方、リモート/ハイブリッドワーク、デジタル組織文化、データ・アルゴリズム・AIの事業や組織への活用、オープンイノベーション、オンラインコミュニティ、スマートシティなどを研究。Journal of Management Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表。分担著に『企業価値に連動する人的資本経営戦略』(第11章「新しい働き方(ハイブリッドワーク)と人的資本経営」を執筆)などがある。
◎担当プログラム◎
DX時代の組織と働き方(2026年7月)
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