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夕学レポート

2019年05月15日

安宅和人氏に聴く、平成日本の彷徨とシン・二ホンの咆哮

安宅和人試しにWEBで「シン・二ホン」と検索してみてほしい。安宅和人氏の講演の資料や動画がいくつも出てくるはずだ。枚数の多寡や時間の長短はあるものの、リンク先の資料の多くは今回使われたものと共通だった(ので、満席だった今回の夕学を聴講できなかった方は、まずそちらで資料を確認してほしい)。
情報満載のスライドの中身に加えて目を引くのは、それら資料類の出所、つまりリンク元だ。映像がTEDなのはともかく、資料PDFの掲載場所は経済産業省・産業構造審議会の「新産業構造部会」であったり、財務省・財務総合政策研究所の「イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会」であったり、首相官邸・教育再生実行会議の「技術革新ワーキンググループ」のページであったりする。


霞が関の複数チャンネルで安宅氏の主張がリフレインされている、というこの光景は興味深い。少なくともこれら会議をお膳立てしている中央官僚たちは、安宅氏の抱く問題意識を共有していると考えられるからだ。圧倒的多数の国民はいまだ気づいていない、国家の存亡にも関わる、その危機感を。
安宅氏のバックグラウンドは多様だ。東大時代は生物化学(分子生物学)を専攻、卒業後はマッキンゼーでコンサルタントを務め(伊賀泰代氏とともに働いていたという)、のちにイエール大学で脳神経科学を修めた研究者でもある。創業社長の井上雅博氏に請われて入社したヤフー株式会社では、COO室長(通常の会社の社長室長)等を経て、現在はCSO(チーフストラテジーオフィサー)として同社の経営戦略企画を任されている。数年前から関わってきた慶應義塾大学環境情報学部(SFC)には昨年から正式に教授として着任し、そのコミットの度合いを深めた。そして先に述べたように、霞が関の公的な研究会や審議会等において委員や講師などを委嘱されることも大変に多いようだ。詳しくは慶應SFCの教員プロフィールを眺めて感嘆してほしい。
今回の演題は「シン・ニホン~AI×データ時代における日本の再生と人材育成~」。そのメインタイトルはもちろん、2016年の映画「シン・ゴジラ」に由来する。巨大怪獣の出現という未知の危機に対処する等身大の日本国の姿を描いた同作品は、壮大な群像劇であるが、シナリオの中心に据えられたのは政権党の中堅政治家や中央官庁の若手官僚たちであった。一般的なドラマや映画ではとかく脇役(ないし悪者)にされがちな彼らが、主役として国の総力を束ね、反撃を指揮し、間一髪で最悪の事態の回避に成功する。そこには、日本国に対する希望と理想、そしてその裏返しの現実と絶望が描かれていたように思う。その作品を想起させる「シン・二ホン」というタイトルは、それ自体が、中央官僚に対する安宅氏の熱いメッセージであるともいえる。
続いてサブタイトルの解題に移ろう。まず「AI×データ時代」について。安宅氏は、現代という時代の断面を、AIとデータという二つの切り口で鮮やかに見せてくれた。
深層学習ソフトが囲碁の世界チャンピオンを凌駕し、テスラの自動車が数秒後に前方で起こる事故を予測し自動回避する、AIの時代。
昔のスパコン何台分もの性能を持ったスマホという名のパソコンをみんながポケットに入れて持ち歩き、通信帯域の爆増と相俟って膨大なデータが途方もない速度で量産され続ける、データの時代。
この、AIとデータの掛け合わせが相乗的に自己増殖していくのが、AI×データ時代だ。
だが、一昔前までその技術力と経済力で世界のトップクラスに位置していた日本は、この新たな波に乗りきれなかった。人口が減少する中で、経済力も学問のレベルも急降下を続け、企業も大学も世界のトップ群からことごとく脱落してしまった。その間に中国は日本を追い抜き、経済のみならず技術・学術面でも米国と覇権を争う国になった。いや、今や新しいサービスは米国でなく中国からしか生まれない。もう誰も米国のほうを見ていない、というのがICT業界ではコモンセンスであるという。驚異的な先端技術の数々の紹介とともに、安宅氏は、私たちが生きている「AI×データ時代」の意味を諭すように伝えてくれた。
サブタイトルには後半がある。「日本の再生と人材育成」。このようなデジタル新時代に求められる人材、『データサイエンティスト』の育成は、日本がこれ以上世界に取り残されないための最低必要条件だ。であるのに、日本はここでも相変わらず一人負け状態。数においても質においても、思うような人材が育つ環境が圧倒的に少ない。今すぐ国は資金面や制度面からテコ入れをすべきなのだがそうはなっていない。その原因は日本が抱える構造的問題にある。高齢化とともに増大する社会保障費。人口減少の中でも減らない莫大な社会インフラの維持コスト。そのあおりをくって、教育をはじめとする未来への投資は減少するばかりなのだ。
でも絶望ばかりではない、希望はある、と安宅氏は語る。
今の「データ×AI化の進展」は技術革命のフェーズ1に過ぎない。数年後には「データ×AI化の二次的利用が進む」フェーズ2が、さらには「インテリジェンスネット化」のフェーズ3の時代がやってくる。
前世紀までの産業革命でも、19世紀のフェーズ1で完全に出遅れながら、20世紀前半のフェーズ2で日本は世界に伍し、後半のフェーズ3では世界の牽引役となった。どうも日本は毎度フェーズ2から登場するキャラクターのようなのだ。
だから日本は、フェーズ2に向けて、いますぐ政策を改め人材育成を始めればよい。そうすれば間もなく来る次の波に何とか間に合うだろう。漫画やアニメに代表される「妄想力」で、未来ビジョンの”英才教育”が浸透している日本の力が発揮しやすい段階の到来。そのときそこに、再び世界を席巻する、「シン・二ホン」が唸り声をあげて誕生する…。
見比べた各資料はほぼ同じだった、と冒頭に書いた。だが、だからこそ、微妙に変化している一枚のスライドが目に留まった。幕末の、黒船来航を描いた絵。今の日本はこの時と同じ、と安宅氏が語るTEDの映像では「163年前と同様」となっていたのが、霞が関の資料では「164年前と同様」になり、そして今回の夕学のスライドでは「166年前と同様」となっていた。
この三年間、安宅氏が危機を訴えてきたこの三年間、日本は何も変わっていないのだった。三年なんかで変わるわけない?
いや、数年で世界ががらっと変化するのが現代なのだ。スマホがどれだけ私たちの世界を変えたか。それはまだ生まれて僅か十年余りの技術なのだ。
そういえば「シン・ゴジラ」の出現場所は、黒船のそれと似ていた。当時の幕府の人間と同様、劇中のシニア政治家たちも、スピード感のない対応で危機を拡大させた。映画では、ゴジラの一撃で彼らが退場したことにより自然と若手・中堅世代に活躍の場が与えられ、それが日本国の破滅を食い止める要因となった。
だが、ゴジラのいない現実の世界では、相変わらずシニアが国家や官庁の中枢を牛耳っている。若手・中堅のこころある政治家や官僚は、おそらく閉塞感に襲われているのではないか。そんな彼らに、「シン・ゴジラ」、そして「シン・二ホン」の風景はどう映っているのだろう。
過去、洋の東西を問わず、革新の主役は20代の異能であった。彼らを発掘し、育てる構えが我々にあるか、と安宅氏は20代の姿がほとんど見えない会場に向かって問うた。一般財団法人データサイエンティスト協会を同志数名と立ち上げて人材育成に乗りだし、大学教育にもハンズオンで臨む安宅氏の声を、聴いているだけでは何も変わらない。国を救う役割を担えるのは中央官僚だけではない。この講演を目撃してしまった人には、何かしらの責務があるはずだ。
白澤健志

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