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夕学レポート

2018年10月24日

習近平政権の検証と権力政治 国分良成先生

コクブンphoto_instructor_961.jpg まだ社会の仕組みとは何なのか認知せず、将来その歯車を構成する要素になることすら意識もせず、日吉を歩いていた時分に、「権威」と「権力」の違いについて学んだ。なぜなのか不明だが、教授の顔も、教室の色合いも隣にどの友人が座っていたかまで、鮮明に記憶している。「権威」とは下位から上位へ向かう忠誠心や敬愛のことを指し、上にいる人物が強制的に従属させる力が発揮しているわけではないが、民衆のような下に位置する群衆が上に対して何か別の背景により忠誠するときに上が持ち合わせる力である。他方、「権力」は「権威」とは逆の方向を指し示す概念で、下の持つ従属心や反発心に寄らず、下が服従するために上が保持する力を言う。
中国政治の先行きは論理的展開を見せることはない。これまでも、現在も、この先もきっと権力闘争が政治の本質である。あぁ、諸行無常。中国の民主化を願う理念が、一部の既得権益層により破壊され打ち砕かれていく。権力闘争を通じて共和党組織・軍・公安・イデオロギーを掌握しない限り、権力者が本来持つ理念が躍動し始めることもない。それが中華人民共和国の政治の姿だ。防衛大学校長の国分良成先生が、中国の内政がいかに権力闘争に終始し、どのような構造を持っているかを教えてくださった。


中国に選挙はない。憲法には「党は法をつくり、法を守る」と書いてある。その党で法をつくるためには権力闘争に勝利するしかない。法を制限する党を制限する秩序はない。軍のトップや党の要人が突如「自殺」する国である。
習近平はこの仕組みをうまく活かして憲法を改正し、国家主席の三選禁止規定を廃止した。現在二期目に突入しているが、今でも完全に国の権力を掌握していないためである。習近平は権力の正統性も説明しきれていない。戦後しばらくは、悪しき日本を追い出したことが共産党の正統性となっていた。また、前政権までは経済成長にその正統性を求めることができた。しかし、現在は製造業を中心とした経済成長はすでに鈍化し始めている。習近平は、製造業に代わる革新的サービスや先進技術(ニューエコノミー)やマルクス主義を正統性の根拠にしようとしているが、これが本当にうまくいくのかは不透明である。腐敗しきった前江沢民政権からの既得権益層を一掃するために反腐敗闘争を理念として掲げるが、これもまだ確立途上にある。
外交分野においては、強国になることが中国の国家目標である。国土を拡張し、覇権を確立しようとしている。現在中国は太平洋に覇権を及ぼすことを念頭に外交や軍事を展開している。
 
習近平政権は、現在の国際秩序を変更して「新型国際関係」の確立を唱えたものの、その将来ビジョンは存在しない。「一帯一路」政策も周辺国から新植民地主義的な動きとして捉えられており反発を受けている。一見、成功しているように見えるが、多くの労働者を送り込みその存在感やインフラ事業を進めようとしているものの、国家自体が保有する資金が潤沢ではないため、その進捗が順調ではないと考えられる。資産は個人に集約しており、国家の懐には残っていない。
米中の二国間で国際的な覇権を握ろうと中国が米国に持ち掛けトランプのプライドを汚したことが契機となり、米国の中国貿易戦争が始まった。米中関係が悪化したことで、外交的に中国は日本に接近してきている。
ただし、軍事的には東シナ海における中国の存在感が質量ともに増大していることは確かである。在韓米軍基地の縮小や撤退を含めて、東アジア地域における米国のプレゼンスを落とすことや、北朝鮮に対してはきちんと配下に置いたうえで中国的発展モデルを導入したいと思っている。
このような状況下で日米中関係は再び重要性が増してきている。中国が日本に外交的な歩み寄りを見せているのに加えて、米国も日本に歩み寄りを見せている。中国への米国からのプレッシャーや安倍政権の採る日米同盟を基軸とする外交戦略により、日本は中国・米国の両国から外交的には歩み寄られる存在となっている。
危うい内政や経済成長に追加し、米国や世界各国からの外交的なプレッシャーがかかる中、中国の逃げ道はない。中国が権力政治を放棄し、国際社会の秩序に参加することが最も論理的な道筋であるが、この100年間その合理的な選択肢(民主化)はことごとく敗北してきた。中国の既得権益層は約1億人いわれているという。残りの12億人の民衆はおおむね民主化に反対はしないと考えられているが、いくら民衆が声を上げて反乱を起こしても、打倒しなくてはならない人口は1億人もいる。もしこれが成し遂げられるとしたら、民主的政治システムを密かに志向しつつ権力の座を奪還できる人物や、一定の既得権益層と民衆の合同組織が成り立つという稀有な組み合わせの成立が必要になるのではないか。
「権力」と「権威」がその革命分子と両立し、その分子に絶大な力が生まれた瞬間から、法や国際秩序にその力が身をゆだねるまでの利他的な愛に満たされた奇跡的刹那の神々しさたるや、筆舌に尽くしがたい。
沙織

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