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夕学レポート

2018年05月24日

闘うチバニアン 岡田 誠先生

photo_instructor_923.jpg千葉時代を意味する「チバニアン」は、約77万年から12万6千年前の地質年代の基準地となった場所を指す名称。千葉県市原市の地層にある。今回登壇した岡田誠先生は、その研究チームの代表を務めていらっしゃる方だ。
チバニアンは、語感はキャッチーだが、ミルフィーユ(地層だけに)が載った3頭身のゆるキャラなどでは決してない。意外に結構な苦労人だ。まずもって先の私のようなボンクラな無知と偏見に対し辛抱強く向き合ってこなくてはならなかったし、しかもまだ何者にもなれておらず、長らく半人前状態での足踏みを余儀なくされている。現在、チバニアンは、世界で69番めのGSSP(Global Boundary Stratotype Section and Point:国際標準模式層断面とポイント)になるべく国際地質科学連合に申請中で、そこで認められて初めて、ようやく正真正銘、本物の「チバニアン」になれるのだ。


地球の直近の約6億年間「顕生代」で最も新しい「新生代」のうちの「第四紀」、そのまた下位概念である「更新世」の「前期」と「中期」を分ける”境界”と認められるかどうかの瀬戸際。と教えられても正直何が何だか、である。地質時代の分け方は細かくて、名前が多くて、歴史学とは区分も用語も違っていたりしてこれがもう大変にややこしい。でも46億年もの地球史を語るためには、地質から見極めるしかないのだ。そしてひとたび認められれば、地球史に燦然と「チバニアン」の文字が刻まれ、市川には世界中から観光客が押し寄せ、チバニアンまんじゅうが売れまくり、経済効果ハロウィン超えとかも夢じゃない。百歩譲って経済は措くとしても、地球史年表に文字が載るのと載らないのでは雲泥の相違なのだ。さらに「中学理科や高校地学の教科書に記載されれば、その教育効果たるや絶大です」。うっとりと語る岡田先生は、来るべく栄光の日が待ちきれない様子だ。
世の中でいまだ名前のないGSSPの空席を巡ってチバニアンが闘っているのが、イタリアの「モンタルバーノ・イオニコ」と「ヴァレ・ディ・マンケ」だ。主な配点を①古地磁気記録を持っているか、②海洋環境変動の復元のための海洋化石があるか、③気候変動復元のための花粉化石があるかで競い、千葉セクションは①の古地磁気記録の優位性で頭ひとつリードをキメている。長い地球史の中では、地磁気のN極とS極が入れ替わる地磁気逆転が何度となく起きてきたが、千葉セクションの地層にはその反転を示す痕跡(磁化の方向や強さのデータを引き出す鉱物粒子)がよく顕れているのだ。勝利はもはや約束されたも同然だった。
だがしかし。チバニアンの試練は続くのであった。あろうことに今度は国内の別団体から、まさかの捏造疑惑が出されてしまったのである。同団体はご丁寧にイタリアへもその内容をお知らせくださったという。しかしそこは百戦錬磨の猛者。岡田先生は、ちゃんと科学的に正しいデ―タを揃えた反論文書を国際学会に提出しました、と余裕綽綽である。「明日、記者会見があるので皆さん楽しみにしてて下さい」。その表情からは知見を積み上げてきた自負と矜持が見て取れた。
プレートの沈み込み帯に乗っかった島国であるために地殻が日常茶飯で動きまくり、火山の噴火や地震で幾多の辛酸を舐めてきたこの国に、地質学界のアワード「GSSP」がただの1カ所も存在しないとは、改めて驚きである。個人的には、鉄壁の科学データに加え、泣きの一手で情にも訴えたい気持ちでいっぱいだ。どうか闘うチバニアンに栄誉の称号を――。チーム・チバニアンの苦労を水泡に帰さないためにも、地質学発展のためにも、そう切に願わずにはいられない。
(茅野塩子)

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