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夕学レポート

2018年05月24日

バイアス・フリーとコンセプト、そして禅 濱口 秀司 さん

photo_instructor_924.jpg一つの便利な言葉なり解釈なりが社会に受け入れられ、便利であるが故に繰り返し、まるで不変の真理のごとく使われるのに遭遇すると私は嫌悪感や不信感を覚えずにはいられない。
典型的な例は「日本人は英語が話せない」で、実際はカタカナ英語や単語を繋げた文でも日本人は話せる方だと思うことは多い。原因を探っていけば様々な解が見つかるのに一度「日本人は英語ができない」と安易に振りかざした途端、すべての思考や解決への道は閉ざされてしまう。他にもあるのが「日本人は改善が得意でもイノベーションが苦手だ。」それ本当?濱口さん、よろしくお願いします。


「日本が世界に誇るイノベーター」の濱口秀司氏がイノベートしたものは、USBフラッシュメモリ、日本初のイントラネット、マイナスイオンドライヤー等々。素晴らしさにため息が出る。濱口氏は「イノベーションには作法があって、日本人の思考にはぴったり」と嬉しいことを、さらに講演で使用したスライドは後で配布すると大変ありがたいことを言われたので、ここでは順序立てた講演内容の説明はせずに印象に残った「バイアスから離れて対象を捉え直す事、コンセプトとShift(ずらし)」に絞って紹介する。
「理系なので定義できないものは扱えない」と、まずはイノベーションの定義を始められた。「a.見たこと聞いたことがない b.実行可能である c.議論を生む(反対/賛成)」、次の段階は「Break the bias」。biasは「What」、Breakは「How」。biasとは同じ条件で議論ができる便利なものであるが、縛られてしまうと物事が見えなくなってしまいイノベーションは生まれない。専門家ほどこの罠にかかってしまいやすい。以前、阿刀田高さんが同様の話をされていたのを思い出した。確か「型」という言葉で説明されていたと思うが、時代によって発展してきた小説の型というものがある。便利でその中での発展もある。しかしどこかでそれを突き破らねばならない、そのような話だった。
定義するとは、対象・課題をよく見てその正体を自分の頭で捉え直すことだ。ブレストで出てくる100個のアイデアは無視。アイデアの背後にあるエンジン、ロジックを考えて視覚化する。「見えないものは破壊できない」「構造なきものは大きく破壊できない」から。そして対象のBreak the bias、一度そこから離れて破壊する。講演を聴きながら、このプロセスは何かに似ていると思った。そうだ、禅のプロセスだ。一度既存の言葉の意味や価値から離れて構築し直す、そのプロセスに近いのではないか。それならイノベーションが日本人の思考法に合うというのも頷ける。
すると次のような形で日本人の思考とイノベーションの相性の良さを説明された。欧米人の思考は通常「包括モデル→切り口→アイデア→良いアイデア」の方向に向かいたがるが、日本人は「良いアイデア→アイデア→切り口→包括モデル」、抽象化の方向へ向かう。つまり単純化して物事の本質を見る方向である。これが正にBreak the biasの基本モデルであり、イノベーションに向いている点だ。濱口氏は言う。「日本人はある時から龍安寺の石庭を作るんですよね。」やはり禅ですか!
濱口氏は先進事例を多く取り込み解析している。講演中、「自分はこれまでの膨大な量のデータを見させてもらえるからそれを解析して」、「自分なら経営者10人、関係ない業界のCEO10人、小学生10人というように人を集めて、その人たちの考え方を解析して」というように何度も「解析」という言葉が使われた。典型的な理系用語である。対象へのアプローチ法は理系的だが、とりわけ優れているのは解析結果から一度離れて再度対象を捉え直す能力、それを論理化している点だろう。(私も含めて)多くの人は解析段階のどこかで止まってしまうか、結果の活かし方を恐らく知らないのだ。
では濱口氏の解析結果の活かし方がどうなのかというと「Shift→(ずらし)」である。前述で国による思考の違いでは、欧米人の思考の矢印をずらす(変える)とイノベーションの基本モデルになると紹介したが、他にも日本初のイントラネットは、当時インターネット(オープンの世界)が隆盛だった中にコンセプトの矢印をずらし(変え)て、イントラネットというクローズの世界の新しいコンセプトを作ることであり、マイナスイオンドライヤーでは「ドライヤー=乾かす」というコンセプトの矢印をずらし(変え)て、ドライヤーに「水(を使ってマイナスイオン)を出す」という新しいコンセプトを作ったのである。講演で紹介されたのがわかりやすい製品(モノ)であるから気づきにくいが、実際はモノの持つコンセプトを変えて新しいものを生んでいるのだ。濱口氏もご自身の仕事を「ひとことで言うとShift→(ずらし)」と表現されている。コンセプトを扱うからこそ定義づけが大事になってくるのだろうし、モノだけを扱うのではないから社名が「monogoto」であるに違いない。
頭の中の考えを具現化する手段として多くの人が用いるのは言語だが、濱口氏の場合はポンチ絵とダイヤグラムが中心らしい。しかしこれだけの規模で人を巻き込むプレゼンをされていることからもわかるように言語表現も卓越している。何よりも徹底している。メディアにはバイアスがかかっていてそれにかかるのが怖いから新聞も読まない。日本の心をわかるため、見るのは2ちゃんねるのまとめサイト「痛いニュース」だけ。相当な徹底ぶりだ。
そういえば略歴を見ると大学名はあっても学部名、生年(年齢)の記載がない。もしかしてバイアスがかかって自分を見られるのが嫌でわざと載せないのだろうか。出身学部も年齢も仮の表示に過ぎない。ますます禅的だ。バイアス嫌いのその人は自分にもバイアスをかけない、極めて用心深くもあるらしい。
(太田美行)

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