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通訳ガイド初仕事(後編)

2017年05月09日

山内 久未

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通訳ガイドの仕事をしていると友人や家族からよく「今回はナニジンのお客さんだったの?」と聞かれるのですが、この質問にすぐに答えるのはとても難しいのです。多くのお客様にとって居住国=国籍=民族ではないからです。

「国籍はイギリスだけど両親はポルトガルからの移民」「インドで生まれてアメリカで教育を受けてイギリスに住んでるけど国籍はインドのまま」「父はフランス人、母はドイツ系イギリス人で今はシンガポール在住」「母は上海、娘はLA、息子はテキサスに住んでいて、日本に集合して家族旅行に来ました。ルーツはベトナム」「ハワイ在住の日系三世だけど日本語はできない」など。日本に住んでいる=日本人=テルマエロマエでいうところの「平たい顔族」…というのは、日本ならではの発想なのですね。

いよいよ緊張の車中1時間半! …あ、あれ?

さて、シンガポールからの二人姉妹と初心者ガイドの私が乗り込んだ観光タクシー。さっそく説明を始めようと、お二人を振り返ると、あれ?あれれ?姉妹揃って、ゆら、ゆら、ゆら…なんだかとても眠そう、というかもうほとんど寝ています。ふっと目を開けた妹さんが言いました。
「ごめんなさいね。昨日の夜にホテルに着いたのだけど、枕が合わなくてよく眠れなかったのよ。着いたら起こしてね」

……お、オッケー……。

この日、1時間半の車中で私が発した言葉はこの「オッケー」が最後でした。爆睡するお二人を起こさないように、私ができることといったらなるべく静かに音を立てないように気を配りながら、エアコンの空調を調節するくらい。徹夜で作ったPicture Aidは結局1度も使うことがないまま、柳川に到着しました。

市内に入って、ようやく目が覚めてからも、お客様の質問は予想外の連続です。

「以前日本に来た時に食べた魚肉ソーセージが美味しかったのよ。昨日ホテル近くのデパートで探してみたけど見つからなかったのよねぇ」

…そ、それは確かに高級デパートに魚肉ソーセージは売っていませんよね。後でスーパー寄ります?

「最近、日本ではコンビニのコーヒーがすごく美味しいって聞いたけど、どう?」

確かに安くて美味しいけど…これから創業150年の老舗お茶屋さんに行くのに大丈夫かな?

色々な不安や焦りが心の中に渦巻きましたが、そんな心配は杞憂に終わりました。

お茶屋さんでは、老舗の風格と、若いご当主が語ってくださる茶商の物語にお二人とも大感激。英語が話せないというお姉さんも、ヒアリングはある程度大丈夫なようで、妹さんを介したり、私に直接英語で質問したりしながら、話にのめりこんでくださいます。事前の勉強の成果もあって、なんとか専門用語にも対応でき、私もかろうじてにわか通訳の役割を果たすことができました。見学の後は何種類かの玉露をその場でテイスティングできたのですが「んーこれは渋みがすっきりしていていいですね」「こちらは甘みがまろやかな茶葉なんですよ」と、ご当主とお客様の会話はまるでソムリエとワイン通のやりとりそのもの。お客様も、説明くださったご当主も満足そうな笑顔で、ほっとしたともに私も嬉しくなりました。

知識だけでは知り得ない「日本の風景」

お二人曰く「これまでの人生で味わった中で最高の日本食」という鰻のせいろ蒸しを堪能した後は、いよいよ舟下りです。行楽日和だった五月晴れの平日、舟はたまたま70-90代?のご年配のお客様で満席でした。杖をついていたり、腰が曲がっていたり…乗降にも時間がかかります。私たちはすでに舟の上で出発を待っていましたが、出航時刻を10分過ぎても、まだゆっくりと乗船場を歩いてくるお年寄りの姿に、「予定通りにツアーが進まなくなるかも…」とほんの少しイライラしてしまったその時、お二人がにっこりと笑って言いました。

「日本のシニアは本当に元気ね!シンガポールでは足腰が悪くなると、お年寄りは家に閉じこもってしまうのよ。こんないいお天気ですもの。お出かけするのは素晴らしいわよね!」

その一言で、はっとしました。予定通りにツアーをこなすことも大切ですが、目の前にいる元気なお年寄りたちも、大切な、伝えるべき日本の一風景だということをすっかり忘れていました。そこで、同じ舟に乗り合わせた日本人のお年寄りたちに、お二人の言葉を日本語でそのままお伝えしてみました。すると、さっきまで黙って静かに出発を待っていたお年寄りたちが照れくさそうに、嬉しそうに、色々なことを話し始めてくださったのです。なるべくお天気の日は散歩に出るようにしていること。息子さんが福岡市内から久しぶりに帰ってきて、車で舟下りまで連れてきてくれたこと。和食が健康の秘訣かもしれないこと。

そのうちに舟が出発し、船頭さんのお話も始まりましたので、船頭さん⇄シンガポール姉妹⇄お年寄りのみなさんと、あちこちで通訳しなくてはならなくなり、忙しくててんてこまいでしたが、なんだか皆さんとっても嬉しそうです。思わぬ偶然と、お客様の一言で、舟の上はとても楽しく温かい空気に包まれました。

そして舟下りも終盤。最後に見える橋をくぐれば、船着き場に到着です。にわか通訳でヘロヘロになりながらも、心地よい疲労感と満足感を感じていた私の耳に「おーい」と呼ぶ声が届きました。ふと見ると、最後の橋の上で、私たちのタクシーのドライバーさんが手を振ってくれています。わざわざ出迎えにきてくださったのだと思い、お二人にも声をかけ、手を振り返した時です。ドライバーさんが大きな声で叫びました。

「おーーーーーい!!あったよーーーーーー!!魚肉ソーセージ!!!」

そうなのです。「さっき車の中でこんな質問されたんですよー」と私が雑談で話した内容を覚えてくださっていたドライバーさん。私たちが船下りをしている間に、船着き場近くに魚肉ソーセージを取り扱うスーパーがないかどうか、あちこち探してくださっていたのです。もちろんお二人とも大喜びで、魚肉ソーセージを購入。よっぽど楽しんでくださったのか、帰りはまた爆睡しながら、福岡のホテルに戻りました。

結局、私がせっせと作った大量の資料より何より、ツアーを一番盛り上げ、お客様を喜ばせてくださったのは旅で出会った地元の人々でした。

八女茶への熱い想いを語ってくださったお茶屋のご当主。
舟で出会った元気でいきいきとしたお年寄りや船頭さん。
魚肉ソーセージを探して走り回ってくれたドライバーさん。

こういう出会いのひとつひとつが、お客様にとってかけがえのない思い出になるに違いありません。ガイドという仕事は、観光地を案内すると同時に、地元の方と外国から来たお客様を繋ぐお手伝いでもあるのだと学んだ、忘れられない初仕事となりました。

山内 久未(やまうち・くみ)
慶應丸の内シティキャンパスで2年間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。退職後、約2年間の勉強生活を経て2015年春より通訳案内士(通称:通訳ガイド)として日々奮闘中。

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