KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

2018年02月13日

雪と氷の魔力

山内 久未

先日の大雪、凄かったですね!私はというと、いま流行のインフルエンザにかかって珍しく寝込んでおりました…。毎日毎日「今日も寒いね」が挨拶代わりになっている今冬の日本ですが、そんな寒さを目当てに?日本でのご旅行を楽しまれる外国人観光客の方もいらっしゃいます。

私は主に都内から日帰り圏内のガイドを行っており、他の地域でガイドすることはほとんどないのですが、全国を飛び回っているガイド仲間に聞くと「冬ならでは」の人気スポットは実に多彩。例えば京都の金閣寺はこの時期、運が良ければ雪化粧と金色のコントラストが美しく、日本人も感動すること間違いなしです。

そして長野県の地獄谷野猿公苑も、知る人ぞ知る外国人観光客人気スポット。なぜわざわざサル山を見に??と驚かれる方もいるかもしれません。世界各国に多様な種が生息しているサルですが、その中でも温泉に入るのは実はニホンザルだけなんだとか。可愛らしくて思わずほっこりしてしまう“Snow Monkey”を見に、世界中から観光客が押し寄せている場所です。

インド人も喜び駆けまわる?!箱根の雪スポット

前回ご紹介した箱根。定番コースは海賊船や大涌谷なのですが、もう一つ、外国人のお客様に人気のスポットがあります。箱根火山の中央火口丘である箱根駒ヶ岳です。標高1,327mの頂上まで、芦ノ湖畔からロープウェイで一気に上ることができます。晴れた日に見える富士山も良いのですが、冬の最大の魅力はなんといっても雪。標高が高く平地よりも気温が低いためか、しばらく前に降った雪も溶けずに残っているのです。

連日の寒さが和らぎ、都内では桜が咲き始めた頃でした。ツアーの1週間ほど前に、季節外れの雪が山間部で降り、「駒ヶ岳の山頂ならまだ雪が残ってるかもね~」とタクシーの運転手さんに教えていただきました。

「雪!!!!見たい!!!!!」と目をキラキラさせるお二人と一緒にロープウェイに乗り山頂駅へ。降りた途端、目の前に広がる光景に思わず3人で“Wow…!!!”と叫びました。

そう。そこは4月とは思えない白銀の世界。インド人のお二人はもちろん、私も大興奮です。一番大はしゃぎだったのが、60代のラニさんのお母様。雪の中を歩くにはかなりの軽装で、ふわふわの薄いストールを顔に巻いてヒラヒラさせながら、雪の中を駆け出していきます。

私:「あ!走ると危ないですよ!!雪は滑りますから!!私につかまってください!」
母:「平気よ!平気!!!わーすごいわ!!雪だわ!!本物の雪!!!」

制止も聞かず走り出した、その瞬間。

つるんっ。どてっ。

あまりにはしゃぎすぎたラニ母。雪に足を滑らせて転倒してしまいました。

母:「雪って本当に滑るのね…。痛い…」

着地の時に手首を捻ってしまったようです。幸い怪我は軽く、近くの売店のお姉さんが親切に湿布を貼ってくださり、事なきを得ました。

「もー!だから走らないでってKimmyに言われたじゃない」と娘のラニさんに叱られて手首をさすりながらしょんぼりしてした母。とりあえず休憩しましょう、と近くのベンチに座ると、おもむろにリュックからごそごそとタッパーを取り出しました。ん?と中を覗き込むと、なんと中身ははるばるインドから持ってきた自家製のチャパティ(インド風パン)とアチャール(インド風お漬物)。それらをぱくぱくとつまみながら「あーでも雪が見られて、触れて楽しかった!」とニコニコ。その姿が、海外旅行先で梅干しおにぎりを食べたくなる日本人と重なり、なんだか思わずほのぼのしてしまいました。

パキスタン男子が一瞬でインディー・ジョーンズ化するIce cave & wind cave

このエッセイの初回にご紹介した、思い出深い「忘れられないパキスタン御一行様」。2月の寒―い冬に来日した彼らの日程表には、私の知らないスポットが書かれていました。

「すみません、このIce cave & wind caveというのは何処のことなのでしょうか…?」

当時はまだガイド2年目。恥ずかしながら、打ち合わせの時に日本の旅行会社の方に尋ねてみました。

Ice cave & wind caveとは富岳風穴・鳴沢氷穴のこと。
皆さまはご存知でしたか?実はこのスポット、外国人観光客、特に暑い国のお客様に大人気のスポットなのだそうです。関東在住&元添乗員なのに、その存在すら全く知らなかった私。何はともあれ、全く初めての場所ですから、まずは下見に行くことにしました。


写真提供:やまなし観光推進機構

青木ヶ原樹海の豊かな緑に囲まれた富岳風穴と鳴沢氷穴。今から1150年以上前の貞観6年、富士山の側火山長尾山の噴火の際、灼熱に焼けた溶岩流が流れ下ってできた溶岩洞窟で、国の天然記念物にも指定されています。
総延長201m、高さは8.7mにおよぶ横穴構造になっている「富岳風穴」は中に入ると夏でもひんやりと涼しく、年間の平均気温はなんと3度だそう。昭和初期までは、蚕の卵の貯蔵に使われていたという天然の冷蔵庫です。

その「富岳風穴」から東に800mほど行くともうひとつの溶岩洞窟、「鳴沢氷穴」。一年中氷で覆われた竪穴(たてあな)洞窟であることからその名がついたそうです。地質学上、貴重な存在で、天井からしみ出した水滴が凍ってできた巨大な氷柱群は圧巻。また、総延長が153m、幅1.5m~11m、高さは1m~3.6mの環状形洞窟なので、まるでゲームの世界のダンジョンのような構造になっており、内部を冒険しながら楽しむことができます。

滑りやすい&場所によっては頭をぶつけることがあるので、風穴・氷穴とも無料でヘルメットと長靴を貸りて中へ。休みの日に友人や家族を誘って来ればよかったのですが、あいにく今回の下見は私一人。暑い夏ならいざ知らず、2月の極寒の中、一人で氷を見に訪れる日本人の姿はほとんどありません。暗―く狭―い洞窟の中を一人で進むのはなかなか勇気が要ります。案の定、何度も滑っては「わー」「ぎゃー」と一人でむなしくつぶやきつつ、奥へと進んでいきました。「寒いなぁ…なんで2月のド寒い中、わざわざこんな場所へ来たがるんだろう…」とぶつぶつ文句を言いながら最深部で見た光景に思わず息を飲みました。

「わぁ・・・!!!!」

そこはまるで「アナと雪の女王」の氷の世界。一滴一滴、天井から落ちた水滴が作り出した巨大な氷柱の美しさは圧巻の一言。神々しささえ感じます。寒さも忘れて、思わず見とれると同時に「ここなら絶対にお客様も楽しめる」と確信しました。

そしてツアー当日。前述のとおり、自由奔放なパキスタン人御一行様ですので、バスの車内からヘルメットと長靴を必ず装着すること、「押さない、駆けない、安全第一ですよ!」とまるで小学校の先生のような注意事項を説明します。

「制限時間は30分。それまでに戻ってこなかった方はダンジョンをクリアできなかったということで、残念ですが置いていきまーす。30分後に誰一人欠けることなく、無事に皆さま揃って生還してくることを祈っています!」

ディズニーランドのジャングルクルーズのキャストさんのトークを意識しつつ、気分も盛り上がったところで洞窟の中へいざ突入です。

皆さまバスの車中では旅の疲れからうたた寝をしたりしていたのですが、ヘルメットと長靴を装着すると全員テンション上がりまくり。ヒュー!イェーイ!と叫びながら、洞窟へ飛び込んでいきます。雪も氷もない国に住んでいるパキスタンの皆さまにとっては、氷の洞窟での冒険はまさに日本でしか楽しめない天然のアトラクション。総勢30名のインディー・ジョーンズたち(減って増えて、また元に戻った)は、時に滑ったり転んだりしながらも、満面の笑みで冒険を終えたのでした。

ラニ母といい、パキスタンのインディー・ジョーンズたちといい、なんだか雪や氷には、人を童心に帰らせる、魔力のようなものがあるようです。寒い日のガイドは話す声まで凍りそうで正直しんどいなぁと思うこともあるのですが、皆さんのとびきりの笑顔を目の前にしますと、こちらまで嬉しくなるのです。ホッカイロを何枚も貼りまくって、寒さに負けず頑張ります!

山内 久未(やまうち・くみ)
慶應丸の内シティキャンパスで2年間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。退職後、約2年間の勉強生活を経て2015年春より通訳案内士(通称:通訳ガイド)として日々奮闘中。
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