ファカルティズ・コラム
2010年03月19日
BOPビジネスを“きれい事”で語らない
BOPとは「Base of the Pyramid」の略。世界の所得別人口構成の中で、最も収入が低い所得層を指す言葉で、約40億人がここに該当すると言われる。BOPビジネスは、市場規模が約5兆ドルにも上ると言われるこの層をターゲットとしたビジネスのこと。直接的な利益の獲得を目的としないCSR活動の発展形とも言えるもので、企業の利益を追求しつつ、低所得者層の生活水準の向上に貢献できるWin-Winのビジネスモデルが求められる。低所得層にも購入可能な商品を販売して健康を増進したり、新たな雇用を生み出したりなど、すでに世界のさまざまな企業がBOPビジネスに参入しているが、日本は欧米諸国と比較して、具体的な取り組み事例が少ないのが現状。
(「Wisdom ビジネス用語辞典」より)
所謂“グローバル・ビッグイシュー”への企業としての取り組みにおいて、この『BOPビジネス』に触れないわけにはいかないでしょう。
しかし、上記にもあるように「日本は欧米諸国と比較して、具体的な取り組み事例が少ない」のはなぜなのでしょうか。
私は、その原因のひとつとして、同じ文章中の「直接的な利益の獲得を目的としないCSR活動の発展形とも言えるもので、企業の利益を追求しつつ、低所得者層の生活水準の向上に貢献できるWin-Winのビジネスモデルが求められる」ということが呪縛としてあるからだと考えます。
つまり、BOPビジネスについて企業が考える際、
「CSRの発展型か。それもグローバルなCSRの」
↓
「国内のCSRで手一杯だし、海外比率も低い我が社には関係ないな」
あるいは
「低所得者層の生活水準の向上ってことは、超低価格でないと意味ないわけだ」
↓
「利益の出ない事業はできないし、ブランドイメージを落としかねないな」
といった思考が働いているのではないでしょうか。
そしてこのような論理展開を行う背景として、「国内需要だけで我が社は十分やっていける」という所謂“パラダイス鎖国”に加え、世の中で語られているBOPビジネスの成功事例が「かっこよすぎる」ことがあると思うのです。
BOPの成功事例の象徴として語られるグラミン銀行にしても、また経済産業省のウェブサイトでも紹介されているP&Gやユニリーバにしても、「人間らしい暮らしを提供」「貧困層の自立を支援」「パートナーシップによる現地企業の育成」など、「社会貢献バンザイ」という今日(こんにち)の社会的ニーズにベストマッチしたカラーで染められています。
これでは、「BOPビジネスは一部の余裕のある、そして社会貢献に熱心な欧米企業だけのもの」という認識をしてしまうのも仕方のないこと。
しかし、BOPビジネスの本質はやはり“ビジネス”にあると私は思います。
批判を承知で言えば、BOPビジネスとは『社会貢献という砂糖をまぶした、中長期的な利益最大化戦略』だと考えています。
現に、成功事例であるユニリーバのBOPビジネスは、確かに粗利益率(売価-原価)は従来のビジネスより低い(従来:25%,BOP:18%)ものの、投下資本に対する利益率は圧倒的に高い(従来:22%,BOP:93%)のです。
また、中長期的に見れば、粗利益についてもBOPビジネスは期待できます。
具体的に考えてみましょう。まず、粗利益額は以下の式で求められます。
(売価-原価)×販売数=粗利益
たとえば、原価100円の商品を150円で10000個売るというビジネス(A)と、原価250円の商品を500円で2000個売るビジネス(B)を比較してみましょう。
(A):(150円-100円)×10000個=500,000円
(B):(500円-250円)× 2000個=500,000円
当然ですが粗利益の額は同じ50万円です。
では、ここで技術革新などで原価が10%削減できるようになったと仮定してみます。
その際の計算式は以下のようになります。
(A):(150円- 90円(100*0.9))×10000個=600,000円
(B):(500円-225円(250*0.9))× 2000個=550,000円
粗利益額で5万円の差が出てしまいました。
これまた計算上当然ですが、(A)のビジネスの方がコスト削減効果が大きいことがおわかりでしょう。
もうお気づきの通り、(B)が従来型のピラミッドの上層をターゲットとしたビジネスであり、(A)がBOPビジネスです。
BOPビジネスは、市場規模(ターゲットの数)が従来のビジネスとは桁違いに大きいため、まさに規模の経済が働き、コスト削減効果が大きいのです。
今、日本企業の“ガラパゴス化”が問題視されています。
「多少高くても高付加価値で高信頼性」という日本市場特有のニーズに応えてきた(ガラパゴス諸島の生物と同様の独自進化のように)ことにより、家電や携帯電話の日本メーカーは国際競争力を失ったと言われています。
これはまさに、上記(B)のビジネスを日本企業が続けてきたことの結果です。
しかしここへ来て自動車産業を中心に、ようやく日本企業もガラパゴスから脱却し、グローバルスタンダードへのシフトが進んでいます。インドにおけるスズキの成功などはその典型でしょう。
しかし日本企業の取り組みは、まだBOPビジネスと言えるレベルではありません。
自動車産業にしても、ターゲットはインドや中国など新興国のある程度裕福な層です。
これではピラミッドの「今までよりもう少し下」にターゲットドメインを広げただけであり、市場規模も「年収3000ドル以下」というBOPの定義する層に比べれば、圧倒的に小さなものです。
ガラパゴス化は脱却できても、これでは「BOPビジネスで成功を収めた企業がコスト削減効果を活かして従来の市場でも低価格戦略で攻勢をかける」ことに対抗できません。
利益構造で圧倒的な格差がついてしまっているのですから。
私は、「中長期的な利益構造の変革」を目的に、積極的にBOPビジネスに取り組む日本企業が増えるのを願っています。
いや、そうでなければ本当に日本企業はいつか全て外資の傘下に入ってしまうとすら危惧しています。
まずは、BOPビジネスを“きれい事”で語ることをやめませんか?
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福澤 克雄
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