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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2010年12月03日

ワークライフのバランスをあえて考えない

ワークライフバランス。
皆さんも聞かれたことがあるでしょう。
「仕事人間なんて今や死語」
「仕事とプライベートを両立させてこそ豊かな人生が送れる」
「お父さん達も、もっと家庭を重視しよう」
「趣味や友人、地域のコミュニティにももっと時間を割こう」
流行語大賞にノミネートされた『イクメン』も、このトレンドだと言えるでしょう。
また、ビジネスのグローバル化と、それに伴うダイバーシティという考えの浸透とも無縁ではないと思います。
ただ、「本当に仕事とプライベートを『バランス』させることを考えるべきなのか?」とも思うのです。
いや、別に「男はやっぱり仕事だろう」などと前時代的な価値観を押しつけるつもりはありません。
仕事もプライベートも充実させることは当然大事。
しかし、こう考えてはいけないのでしょうか。
「仕事であろうがプライベートであろうが、要は自分と自分と自分の大事な人が気持ちよく暮らしていけたらいいんじゃないの?」

『バランス』とは「2つの正反対のものの釣り合いを取る」ことであり、つまり『ワークライフバランス』という考え方では、「仕事と生活は正反対の概念であり、かつトレードオフの関係にある」ことが前提条件です。
もちろん単に物理的な時間を考えれば、仕事と生活はトレードオフの関係と言えます。
「最近忙しくて子供と遊ぶ時間もない」などとよく聞きますよね。
しかし、仕事と生活は本当に正反対の概念、つまり完璧に分けられるものなのでしょうか。
そもそも仕事と生活を「分ける」という考えは、労働力と給与との等価交換という近代的な『雇用関係』が一般化したことによって生み出されたものと言えます。
それこそ江戸時代までは現在のような『雇用関係』は非常に少なかったのです。
多くの民は農業や漁業という第一次産業に従事しており、小作人でさえ地主から雇用されているわけではありませんでした。(小作人は給料を貰っているわけではなく、地主に土地や種籾の貸借料を農作物で納めていたわけですから)
第二次産業の「職人の徒弟制度」や第三次産業の「商家の暖簾分け」を考えると、これらの産業でも家族経営(給与も小遣いという位置づけが強い)が基本となっていました。
つまり日本中の労働者は、その多くが『自営業』だったと言えるでしょう。
例外は武士くらいではないでしょうか。
そうした時代では、そもそも仕事と生活は不可分だったのです。
農業などはその最たるもので、仕事と生活は完全に一体化していました。
だから昔は仕事と生活のバランスなど考える必要がなかったのです。
「そんな昔の話をされてもなあ」
「現実として俺たちは雇用関係の中にいるわけだから、やはり仕事と生活は分けて考えた方がいいんじゃないの?」
と思われるかもしれません。
確かに20年前ならそうだったでしょう。
だからワークライフバランスという言葉が無かった頃ですら、若手社員が「それは仕事ですか?」と言って飲み会に行かなくなったりしたのです。
仕事は仕事。
プライベートにもきっちり時間を取らせてもらいますよ。
という考え方です。
しかし、「残念ながら」と言えるかもしれませんが、20年前と比べ、否応なしにこの仕事とプライベートが「分けにくくなっている」のが事実です。
ここでピンときた方もいるでしょう。
そう、その原因はインターネットの普及と、そのモバイル環境の高度化です。
携帯電話の普及によって、「どこにいても捕まえられてしまう」環境になりました。
休日や深夜にトラブルの電話がかかってきて、それに対応した経験をお持ちの方も多いでしょう。
「今寝てますから」とは言えない場合もあるはずです。
さらにクラウドコンピューティングの一般化と、モバイルPC・スマートフォン・タブレット端末により、「どこにいても仕事できる環境」まで現実のものとなっています。
家族とキャンプに出かけて、そこでひとりで仕事をするお父さんも今や普通の光景となりつつあります。
しかしこうした『ICT環境の進化』は、「プライベート中でも仕事させられる」環境を作っただけではありません。
仕事中に趣味のサイトを見たり、個人的なプログやツイッターに投稿したり、友人との飲み会の連絡を取り合ったりと、『仕事中にプライベートの用事を済ませる』環境も実現させてしまいました。
だから多くの企業が社内のPC利用に様々な制限を掛けているわけですね。
(もちろん情報漏洩などのセキュリティの観点も大きいのですが)
このような環境において、「仕事とプライベートを切り分け、その時間的バランスを取る」ことが本当に可能、いや、意味のあることなのでしょうか。
さらに付け加えると、SOHOや在宅勤務というワークスタイルもICT環境の進化によって進展しました。「カフェでひと仕事」という光景も今や普通になりつつあります。


実は、近年「ワークライフはバランスでなく、その統合を考えるべきかもしれない」と組織論の分野でも言われ始めています。
高橋俊介さんなどもその立場で、『ワークライフ・インテグレーション』と呼ばれる考え方です。
バランスを取ろうと思うから、「今週はどのくらいプライベートな時間を持ったか」という物理的時間で考えようとしてしまいがちです。
つまり本来の目的である「豊かな暮らしを送る」ことが忘れられ、「仕事とプライベートの物理的時間のバランスを取る」ことが目的化してしまうのです。
だからいっそのこと仕事とプライベートを切り分けるのをやめてみたらどうだろう?
「仕事であろうがプライベートであろうが、要するに自分と周りの人が満足できる暮らしが送れればいいじゃないか」と考えてみる。
そこからワークライフを統合、インテグレーションしてみる。
いや、元々昔の人は仕事とプライベートは一体化していたのだから、ワークライフを再統合、つまりリ・インテグレーションしてみると?
休みの日に電話で呼び出されるのも、そんなに気にならなくなるかもしれません(笑)
また、仕事中にツイッターでつぶやく罪悪感もなくなるかもしれません。
まあ、このふたつは極論かもしれませんが、要は自分と会社とその他のステークホルダー(自分の家族も含む)が満足すれば良いのです。
仕事で嫌な思いをしたら趣味で鬱憤を晴らせば良い。
「趣味は仕事」と言えるくらい仕事に没頭しても良い。
趣味で築いた人脈を仕事に活かしても良い。
何に満足するか、何が気持ちよいかは人それぞれ。
それをわざわざ「仕事でも満足し、プライベートでも満足しなければ」と分けて強制することが本当に重要なのでしょうか。


私は別にワークライフバランスという考え方をすべて否定しているわけではありません。
ワークライフのバランスとインテグレーション、どちらも目的は同じ「豊かな人生を送る」ことですから。
このふたつは単にアプローチが違うだけです。
ちょっと前までは「バランスという考え方の方が向いていた」ことは事実だと思います。
ただ、今は「細かいことを気にせずに、総合的にとらえるインテグレーションで考えてみる方が向いている」と思うのです。
あなたも、ちょっと考え方を変えてみませんか。

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