KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

2012年01月06日

『情報量』について考える

あけましておめでとうございます。
と言っても本日はもう1月6日。松の内も過ぎてこのあいさつは遅すぎですね(笑)
さて、皆さんお正月はどう過ごされましたか?
私は12月28日から昨日1月5日まで、郷里の宮崎に帰省しました。
1週間以上の帰省は本当に久しぶりでしたが、心身ともにリフレッシュすることができました。
実は今回の帰省中、1度もネットにアクセスしませんでした。
田舎で実家にLAN環境がないとはいえ、スマホを使えばPCとほぼ遜色のないネットライフは送れるのですが、あえて今回はtwitterにもfacebookにも繋がず、ネットとは無縁の生活をしてみました。
なにか大きな意図があったわけではありません。「たまにはそういうのもいいか」程度の軽い気持ちだったのですが、その8日間を振り返ってみることは私にとって『情報』について考えるきっかけになったのです。
なにしろ1週間以上もネットを離れていて、「何の支障もなかった」のですから。

まあ全世界的に年末年始は休業状態ですから、スポーツなどを除けばさしたるニュースもなかったわけですが、それにしても「ネットって、そして情報ってどれだけ必要なのだろう?」と思わされたのです。
今回の私のようにネットに全くアクセスしないと、触れる情報量が激減します。
しかし前述の通り、普段の生活にはほとんど支障がありません。
これは何を意味するのでしょうか。
「本当に必要な情報はネットには少ない」という仮説も立てられます。
「ネットなんてなくても構わない」という暴論も可能かもしれません。
ただ、私は別にネットを否定したいわけではありません。
なぜならはこの『情報量』に関する議論はネットに限らないからです。
今回『情報量』について考えようと思ったきっかけは、1週間以上ネットから離れていた経験だけではありません。
宮崎のテレビ番組(正確にはテレビ局)があまりにも少ないという事実も大きいのです(笑)
宮崎には民放は2局しか存在しません。
東京では5局ありますから、番組数は半分にも満たないという悲しさです。
しかしこの帰省を通して我が家が出した結論は「宮崎に民放が少なくて良かった」でした。
もっと具体的に言えば「NHKはやっぱり凄い」です。
実家の両親がやはり田舎の人なので、どうしてもNHKにチャンネルを合わせる機会が多くなるというのもありますが、「こんな面白いのやってたのか」という番組にいくつも出会えたのです。特にEテレ(旧NHK教育テレビ)で。
それは英語の番組だったりアニメだったりしたわけですが、いつもの我が家では出会えなかった番組に出会えたのは大きな収穫でした。
しかしこうした「これからも見よう」と思えた番組の存在を知らなかったわけではありません。
「見ようという意欲が薄かった」、別の言い方をすると「視聴の優先順位が低かった」のです。
では、なぜ優先順位が低くなってしまうのか。
それはやはり「優先順位を検討する時間に比べ、圧倒的に選択肢が多すぎる」からだと思うのです。
選択肢とは要するに情報です。
情報量が多すぎるあまり、優先順位の選択を結果的に誤ってしまうのです。
選択肢が多すぎる場合、私たちはどうやって優先順位を決めているでしょう。
ひとつは『選択肢(に関する情報)に触れる頻度』です。
つまりCMなどで何度も目にしたものが印象に残り、優先順位が心理的に高くなってしまいます。
我が家の中でNHKの番組が相対的に優先順位が低くなっていたのはこれです。
そしてもうひとつが『誰かから薦められた経験』でしょう。
これは知人からのクチコミだけではありません。
様々なブログやまとめサイト、そしてAMAZONのレコメンドメールも該当します。
しかし他人が薦めているモノが自分のニーズと合致するかどうかは不確定です。
そればかりか食べログのサクラ事件でも露呈したように、多くの方が「薦めているように見える」モノが真実を投影しているという保証もありません。
最終的には自分の五感で判断するしかないわけです。
膨大な情報(選択肢)に優先順位を付けるためにまた情報を探す。
考えてみれば私たちは愚かなことをやっているようにも見えます。


私は別に「書(ネット/テレビ)を捨てよ町に出よう(by 寺山修司)」と言いたいわけではありません(笑)
ネットやテレビ、新聞など「メディアとのつきあい方をひとりひとり考えてみてほしい」と言いたいのです。
インターネット、携帯電話、そしてスマートフォンなどのハード、そしてWebサイトやブログ、twitterやfacebookなどソフトの普及に伴い、私たちが触れることができる情報量は増大するばかりです。
しかし私たち人間に与えられた情報処理能力と情報処理に費やす時間はほとんど以前と変わらない。
まずはこの事実を認識しすべきでしょう。そして何の準備や検討もなしにその増大する情報に相対するのは危険であることも。
間違った選択や時間の無駄を生まないためにも。
だから時にはテレビやネットから離れてみるのもいいかもしれません。
人や土地も「離れてみることで見えてくる長所と短所」があるように。
まさに『つきあい方』を考え、変えることは相手が人であれ、またメディアであれ必要なことだと思うのです。
こんなことを今回の帰省を振り返って考えてみました。
本年も宜しくお願いします。

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