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ファカルティズ・コラム

2014年08月08日

「適正価格」とは

報道でご存じの方も多いと思いますが、ゼンショーが経営する牛丼チェーン「すき家」が、批判を受けている従業員の労働環境を改善し、その結果増えるコストを賄うために、主要商品である牛丼を値上げするようです。
巷では、「ようやくブラック企業であることを認めたか」とか、「ワタミやユニクロはどう動くか」など、労働環境について言及する意見もありますが、私がこのニュースで考えたのは、「いったい牛丼はいくらが適正価格なのだろう?」ということでした。
私たちはしばしば「適正価格」という言葉を使いますが、そもそも適正価格の「適正」とは、何を持って「適正」なのでしょう。
「顧客ニーズへの組織的適応活動」であるマーケティングの視点では、当然「顧客の立場」から見て「適正」ということができるでしょう。
そう考えると、顧客が「払える価格」そしてそれは「できるだけ安い価格」を「適正」ととらえるのが一般的です。
しかしこの「顧客が払える価格」、ひいては「安価」が「適正価格」という考え方には問題があります。



ここで紹介したいのが「WTP(willingness to pay)」という概念です。
これは「顧客が喜んで払う価格」を意味します。
たとえば、同じ機能を持っているAとBという商品があったとして、Aの方がたとえ高くても、高級・高品質としてのブランドイメージが確立されていれば、Aの方がよく売れるというケースはたくさんあります。
これはつまり、Aの価格が顧客にとってWTPだからです。
とすれば、価格が「高いか安いか」という議論の前に、このWTPこそが「適正価格」と言えないでしょうか。
「この金額を支払う価値がある」、つまり「適正価格」だと顧客は考えているわけですから。
では、顧客が「喜んで払う」のはなぜなのかを考えてみてください。
そうすれば、「喜ぶ」理由はいくつも見つけられるはずです。
もちろん、単に「安いから」という「喜ぶ理由」もあるでしょう。
財布に500円しか入っていなかったとして、400円と300円のお弁当があったら、ペットボトルのお茶も買える300円の方を選択するのは自然の流れです。
また価格以外にも、「美味しいものを食べたい」「きれいになりたい」「荷物を楽に運びたい」など「顕在的(直接的)ニーズを満たせるから」という「喜ぶ理由」があるでしょう。
さらに、直接的ニーズの先にある「潜在的(間接的)ニーズが満たせるから」も忘れてはならない「喜ぶ理由」です。
それはたとえば、「人と差が付けられるから」「社会貢献できるから」のような「プライドを満たす」というニーズです。
先に紹介した、「高くともブランド力のあるAを買う」という行動は、「自分は高価なAを持つにふさわしい人間である」というプライドを満たしていると言えます。
同様に、プリウスなどの「燃費がいくら良くても自分の走行距離を考えたら絶対にペイしないほど高い(つまり同クラスのガソリン車の方がコスパが高い)」ハイブリッドカーがよく売れるのも、「環境問題に敏感だと思われたい」「時代の先端を走っていると思われたい」というプライドが背景にあります。
(もちろん、単に「ちゃんと計算していない」ためにペイしないことに気づかずに買っている人もいますが(笑))
高くてもブランド力で売れるAという商品、そして高くてもプライドを満たせるから売れるハイブリッドカーは、いずれも「潜在的ニーズを満たしている」ことで、顧客は「喜んでその価格を払う」わけです。
よってAやハイブリッドカーの価格は、高くてもそれは「適正価格」なのです。
たとえそれで原価を知っている人が「暴利だ」と叫ぼうが、売り手と買い手、どちらも喜んでいる、つまりWIN-WINの関係にある以上、そんな批判は無意味です。
(誤解無きように付け加えると、ハイブリッドカーはとても原価が高く、利益率はガソリン車より低いです。トヨタはプリウスの発売当初、普及を優先して大赤字で売っていました)


さて、今「原価」という言葉を使いましたが、WTPから原価、つまりコストを差し引いたものが「利益」であることは明白です。
ですから、企業としては利益を最大化するためにはこのWTPをできるだけ上げること、つまり「高くても顧客が喜んで買ってくれる仕組みを作る」ことが重要です。
その仕組みの代表的なものが、もうお分かりの通り、ブランドを確立することです。
トヨタがハイブリッドカーで成功したのは、高価(しかし原価割れ)なプリウスを燃費と環境性能をアピールしながら根気よく売ることで「ハイブリッドカー」というジャンルのブランドを高め、されにそれを「カローラハイブリッド」などを市場に投入するのでなく、「プリウス」というハイブリッド専用の車種を設定し、市場に投入することで「ハイブリッドといえばプリウス」と言われるまでに、「プリウス」というクルマのブランドも高めたからです。
そしてこの「ジャンルと車種の相乗効果」に加え、トヨタのブランド戦略としてのもうひとつの差別化ポイントが、「環境性能のアピール」です。
以前、『「選択基準の多様化」から考察する』というエントリーで、GoodGuideというWebサービスをご紹介しながら、
「従来の商品単体の『コストパフォーマンス』だけでなく、健康や環境、そして社会性という、企業の姿勢までもが選択基準、つまり『購買判断のモノサシ』に加わってきたと言えるでしょう」
と私は主張しました。
トヨタがプリウスという車種、そしてハイブリッドカーというジャンルのプランディングで「顧客の新たな購買判断のモノサシ」として重視したのも、まさにこの「企業の姿勢」です。
商品そのもののコスパだけでなく、「いい会社の商品だから」とか「この商品が売れるのは社会にとって良いことだから」なども、今や重要な購買判断のモノサシなのです。


ここで話を牛丼に戻して考えてみましょう(笑)
さて、あなたは牛丼の適正価格、すなわちWTPはいくらだと思いますか?
私は・・・・・・・
長くなりましたので、この続きは次回に(笑)
後編、「牛丼のWTPを考えたら日本経済への処方箋が見えてきた?」をお楽しみに!

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