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ファカルティズ・コラム

2016年10月03日

「受身」のメリット

本日は、「受身」のメリットについて。
とは言っても、柔道の受身のことではありません。
(ベタなボケで申し訳ない)
世の中、「受身」、つまり受動的であることを「よくないこと」ととらえる人が多いように思います。
◆能動的:積極的・攻めの姿勢・主体性がある→ポジティブ
◆受動的:消極的・待ちの姿勢・主体性がない→ネガティブ
なんとなく、こんなイメージがありませんか?
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そして新聞・雑誌やテレビの読者・視聴者離れ背景にも、この「能動的=○」「受動的=×」という世界観が影響しています。
 「必要な情報は能動的に自分で探す。それも重要な情報リテラシーだ」
 「だから受身のメディアである新聞・雑誌やテレビに頼っていてはダメ」
 「そもそもこうした受身のメディアは、いらない情報も多い」
 「いらない情報にお金を払うのはやめよう」
こうした言説はしばしばネットで目にします。
確かに頷ける部分もあります。
能動的に情報を探しに行く。それは現代のネット社会では必要なことですし、新聞・雑誌やテレビに不要な情報があるのも事実。
実際、新聞を隅から隅まで読む人など、ほとんどいないでしょう。


しかし私は、こうした「したり顔で語られた意見」を見るたびに、「わかってないなあ」と思うのです。
いや、「かわいそうに」とすら感じます。
自分にとって必要な情報は自分で探す?
ということは、「何が自分にとって必要か」は、自分がわかっているということ?
申し訳ないのですが、それが「大きな勘違い」です。


・ながらでつけていたラジオやテレビから流れてきた曲がすごく気に入った。
・新聞を開いて、たまたま目に止まった情報が有益だった。
・意味もなくつけていたテレビで始まった番組が、とても興味深い内容だった。

こんな経験がないのでしょうか?
万が一そうした経験がなかったとしても、こんな経験はあるはずです。

・出された料理が、初体験の食べ物だったが、食べてみたらおいしかった。

これ、「料理」でなく、「情報」でも同じだと思いませんか。
そう、料理も情報も「好き嫌いしない」方がよいのです。


自分が必要だと「わかっている」情報は、探してでも取りに行くべきです。
しかし、それは自分の「顕在的ニーズ」に応える情報でしかありません。
自分ではわかっていなくても、本当は必要な情報、つまり「潜在的ニーズ」に応える情報も、取りに行くべきです。
とは言え、誰しも、自分の「潜在的ニーズ」に応える情報が何かはわかりません。
「潜在的」なのですから、当たり前ですね(笑)
だから時には、好き嫌い、選り好みせずに「情報のシャワー」を浴びる必要があります。
本当に自分が好きな料理を探すために、いろんなモノを好き嫌い言わずに食べるのと同じように。
そしてそのためにも、新聞・雑誌やテレビのような「受身のメディア」は、情報源として持っておくべきなのです。
意識的に情報のシャワーを浴びましょう。
新聞も、右か左かで好き嫌いせず、できれば複数を斜め読みしましょう。
民放もNHKも、ニュースもバラエティも、ながらでもよいので観てみましょう。
きっとあなたの「潜在的ニーズ」に応える情報に出会えるはずですから。

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