ファカルティズ・コラム
2018年02月05日
「F1レースクイーン廃止」について論じてみる
自動車レースの最高峰、F1が「本年度からレースクイーン(グリッドガール)の起用を辞める」ことを発表しました。
これにより3月のシリーズ緒戦、オーストラリアGPからレース直前の風物詩が消えることになります。
廃止の理由はもちろん「女性蔑視」という批判に応えるためです。F1商業部門のショーン・ブラッチス運営責任者は、「この素晴らしいスポーツ競技に、我々のビジョンをより反映させるため、変更を必要と感じるいくつかの分野を検証してきた。レースクイーンの起用は、F1グランプリにとって数十年にわたって定番となってきたが、この慣習は我々のブランド価値に合うものではなく、現代の社会規範と、かけ離れていると感じている。この慣習は世界中の長年の、また新しいファンを含め、F1に適しているとは思えない」と述べています。
このニュースに対してはもちろん賛否両論があるわけですが、ここでは「あえて反対意見を述べる」ことを皆さんにお願いしたいと思います。
そう、これもまた思考のトレーニング。
私なりの反論はこの後ご紹介しますが、まずは自分の頭で考えてみてください。
では、やってみましょう。
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私自身はレースクイーンがいようがいまいがどうでもいい、よってこの決定に対して直接的な利害関係はない。
だから時代の流れとしてこの決定は理解できる。しかし、同時に疑問も感じるのだ。
理由は大きく3つある。
まず、「女性をセクシャルな対象として見る」ことがビジネスとなっていることを全面的に否定するのは、理屈としておかしいと感じるからだ。
そもそも「女性が男性をセクシャルな対象として見ないのか」という疑問。最近は女性専用のAVもあるし、男性人気モデル/俳優のセミヌードなども、女性誌にはしばしば掲載されている。
むしろ「女性が男性をセクシャルな対象として見る」ことがタブーではなくなってきており、ビジネスにおいてニーズが高まっているとすら思う。
異性に対するセクシャルなニーズは、人間であれば性別を問わず「あって当然」なのだ。
次に、この決定自体の「理屈」だけでなく、この決定が今後及ぼす影響も危惧している。
このニュースを受けて、「ミスコンもキャンギャルも全部いらない」という意見もある。
しかしそうした考えが行き着くのは、異性からキャーキャー言われる「アイドルやスター」がいなくなった社会だと思うのは考えすぎだろうか。
エンターテインメントビジネスのかなりの部分は、多かれ少なかれセクシャルな要素がある。
それを否定するのは、悪名高い米国の「禁酒法時代」に似ているとすら思うのだ。
禁酒法によって「裏社会」が発展し、表のビジネスが崩壊したことを忘れるべきではない。
そして最後に、「雇用」や「自己実現」の側面も見過ごすべきではないだろう。
ファッションモデルや女優の登竜門としてのレースクイーンやキャンペーンガールの意義は、様々な事例から明らかだ。
そうしたプロセスでスターとなった女性の何人もが、今回の判断を批判しているのは事実だ。
女性を「飾り」や「モノ」扱いすることは指弾されるべきだが、これは対男性でも同じのはず。
十把一絡げで「不謹慎」とか「差別」と言うのでなく、もっと時間的・空間的に広い視野で議論すべきだろう。
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…ということで「あえて大げさに」論を展開してみました(笑)
「反論」の際のポイントは、
(1) 理由(根拠)を2~3に絞り込む
(2) 理由を支える具体例も各理由ごとに2~3挙げる。
(3) 単に批判するだけでなく、賛同すべき点も挙げる
です。
それによって論理性が高まるわけですね。
さて、今回は「F1がレースクイーンを廃止」というニュースをネタに、論理的な主張について考えてみました。
実のところ私個人の本心は、上で展開した主張とは少し異なります。
確かに雇用や自己実現の側面はありますが、代替手段が無いわけではありませんし、F1という世界的にも影響力の強いイベントがこうした方針を固めるのは、ジェンダーだけでなくダイバーシティの観点から、とても意味のあることだと考えています。
しかし、自分がどのような意見かは別として、モノゴトには二面性があります。
短絡的に「その通り!」とか「けしからん!」と言うのでなく、一度はそのプラス面とマイナス面の両方を考えてみてほしいのです。
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