KEIO MCC

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ファカルティズ・コラム

2008年06月13日

ホワイトボードは“議論の鏡”

私はこのブログの最初のエントリーで、「会議においてホワイトボード(模造紙やパソコンでも可)は必須です」と訴えました。
ホワイトボードは単なる記録媒体ではないからです。
(1)発言の論旨が可視化されることで、論旨の誤解を防ぐとともに、論点が可視化されることで無用の脱線などの論点の迷走も防止する。
(2)様々な意見が可視化されることで、考えのモレや次の展開などにも気づきやすくなり、触発を誘発する。
つまり、会議の効率(短時間での議論)と効果(コラボレーションの実現)の両面で、ホワイトボードは「なくてはならない」ツールなのです。
そして実は、ホワイトボードにはもうひとつの重要な機能があります。
それは“議論の鏡”としての役割です。

さて、議論している時、あなたは何を見ながら発言していますか?
たぶん多くの方が、「もちろん相手の顔を見ながら」と答えるでしょう。
我々は「コミュニケーションは相手の顔を見ながら」と教えられてきましたから、この答えは至極当然のように思えます。
ところが会議においては、この「顔を見ながら」が良いとは限りません。
なぜなら、顔を見ながらの議論では、どうしても「君の意見はおかしい」といった発言になりやすく、『参加者 VS 参加者』または『組織 VS 組織』のやり取りが多くなるからです。
また、その結果「だいたいいつも君(達)は…」という具合に、人格と意見が混同され、個人攻撃や無用の脱線・対立に発展する場合すらあります。
そしてこの状況は、「お互いの顔しか見るものがない」という『空中戦の議論』、つまりホワイトボードを使わない会議で起こりやすいのです。
しかし本来会議では、参加者全員でひとつの論点について考えるべきであり、極論すれば「誰がその意見を言ったか」は、どうでもいいことのはずです。
言い方を変えれば、 『参加者 VS 参加者』でなく、『参加者 VS 論点』という状況を作り出すことが大切であり、この状況を作り出すのも、ホワイトボードの重要な機能なのです。
お互いの顔を見てやり取りするのではなく、ホワイトボードをみんなが見、そしてそれを指差しながら「あれが問題かも」「あの意見なんですけどね」と、意見を言い合う。
こうしてホワイトボードという、“議論の鏡”を介して参加者が向き合うことで、『参加者 VS 論点』という状況が生まれるのです。
そしてこの状態こそ、「ホワイトボードが上手に活用できている」ことのバロメーターでもあります。
また同じ理由から、テレビ会議で画面に主として映し出すべきなのも、おたがいの顔ではなくホワイトボードなのです。
“議論の鏡”であるホワイトボードを活用し、会議で『参加者 VS 参加者』でなく、『参加者 VS 論点』という状況を作り出しましょう。

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