KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2008年08月29日

『アタリマエ』を見直そう

エコの観点から、「冷蔵庫の電力消費を押さえるために、冷蔵庫の詰め込みすぎをやめましょう」とよく言われます。
しかし私も知らなかったのですが、実は冷凍庫に関してはむしろ逆で、ある程度詰め込んだ方が消費電力は押さえることができるそうです。
理由を聞けば納得。
「凍った食品が保冷剤の役割を果たして庫内温度の上昇を防ぎ、冷凍庫のコンプレッサーの稼働時間を短縮させる」からです。
これは家電メーカーの技術者も認めているとか。
私にとっては目から鱗、自分の思っていた『アタリマエ』が覆りました。
さて、こうした発想の転換、つまり『アタリマエ』と思っていることを覆すことは、仕事の世界においても必要です。
あなたの周りにも、様々な『アタリマエ』があるはずです。
でも、本当にそれは『アタリマエ』なのでしょうか?

仕事管理における大いなる誤解の一つが、このやるのが『アタリマエ』の仕事、つまり「ルーティワークはやらなきゃいけない」ということです。
「これは毎年作っている資料だから、今年も作るのが『アタリマエ』」
「これは毎週やっている会議だから、やるのが『アタリマエ』」
こうして定例化・パターン化しているために、深く考えずに資料を作ったり、会議をやったりしていませんか?
では、次にこう考えてください。
その資料、作らなかったら誰が困るのですか?
確かに提出先は困るかもしれませんが、それは単に「とりまとめの責任が果たせない」だけではありませんか?
そもそもその資料の目的は何ですか?
そしてあなたが出したその資料は、その目的達成にどれだけ寄与していますか?

会議についても同様です。
たとえば月曜朝一の部内ミーティング。
目的は「部内のチームワークを高める」「情報共有による業務効率化」かもしれません。
そしてその目的は、その会議がスタートした当時は確かに達せられていたでしょう。
しかし今はどうですか?
本当にチームワークの向上に繋がっていますか?
情報の共有はできていたとしても、その情報が活かされ、業務効率化に寄与していますか?
全く同様の問いが、すべてのルーティンワーク対してできるはずです。
もしかして、その仕事や会議を「やること」そのものが目的になっていませんか?
「やることになっているからやる」というのは、まさに手段の目的化です。
そして手段の目的化は、それに費やす人件費の無駄遣いであるばかりではなく、「やらされ感」によるモチベーションの低下や、「とにかくやればよい」という意識による作業品質の低下に繋がります。
不要なルーティンワークは、組織の生産性を低下させるのです。
今一度、『アタリマエ』と思っている仕事を見直してみませんか?

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