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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2008年10月09日

「キレる」という思考停止

「キレやすい若者達」
よく使われる言葉です。
私に言わせれば、別にこれは若者に限った話ではなく、日本中、いや全世界的な傾向のようにも思えます。
何かに追い立てられるように余裕がない。
いつも何かにイライラしている。
私もはっきり言って短気な性格です(笑)
ですが、別に常にイライラなんかしていませんし、何かに追われているようにも感じません。
これを『心の余裕』というのは簡単です。
でも、「もっと余裕を持とうよ」と言われても、普通はなかなかできるものではありません。
逆に、「どうすれば余裕が持てる? お前が何かしてくれるのか?」とキレられたら目も当てられません。
確かに心の余裕は大事でしょうが、心の余裕は、やはり経済的余裕や時間的余裕、そして良好な人間関係がそのベースとなるのではないでしょうか。
だから、私は私なりに考えてみたいと思いました。
そして仮説を立ててみました。
「キレる」のは思考停止の一種である、と。

「口より先に手が出る」
これ、まさにキレて殴りかかった状態の描写だと思います。
そして口が出る、つまり相手に文句を言うという行為は、「何を言おう?」と考える必要があるはずです。
(ですからここでは、「なんだゴルァ!」のような単にすごむだけの言葉は、手が出たのと同類の、結局はキレた状態とみなします(笑))
よって人が「キレる」のは、「何も考えていないから」なのです。
「この間キレちゃってさあ」
と得意げに語っている人は、「俺、頭使ってなくてさあ」と言っているのと同じなわけです。
キレたことを後悔しない人は、(実はそれを自慢している人ですら)いないでしょう。
少なくとも、「またやってしまった」とキレた直後に感じたはずです。
ちょっと考えるだけでいいのです。
「ここでキレるのは損か得か?」
「どんな悪影響がこの後想定されるのか?」
そうすれば手が出たり、すごんだりすることも思いとどまれるはず。
以前こんな光景を見ました。
駅で強引に自動改札を抜けた(要はキセルですね)高校生が、駅員に咎められました。
そこで彼はキレた。「うっせえよオッサン!」
とたんに駅員に取り囲まれ、どこかに連れて行かれました(笑)
彼もしまったと思ったらしく、「スイマセンスイマセン・・・」
ちょっとでも彼が冷静に考えていたら・・・
そしてキレる前に、その影響を考えるだけでなく、こう考えればいいのです。
「自分はなぜこんなにカッカしてるんだ?」
「自分と相手、客観的に見てどっちが間違っている?」
せっかく脳みそがあるのですから、もうちょっと使ってあげましょう。
計算ずくでキレるのなら、(その是非は議論の余地があるとしても)それはひとつのテクニックとしてアリでしょう。
(というか、これは「キレたように演技している」わけですね)
しかし思考停止によって、キレて損するのは実は自分です。
ヘタすれば犯罪者にすらなってしまうのです。
多くの「つい」とか「魔が差した」と後に答える犯罪者は、すべからくこうした思考停止状態にあったと言えるでしょう。
自戒も込めて。
キレそうになったら、その原因と影響を考えましょう。
後で後悔なんかしたくないのなら。

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