2015年07月14日
「みんなでagoraしよう」[最終回]
ほり屋飯盛
阿刀田高さんと楽しむ【短編小説と知的創造】最終回
「短編小説家は損している」
「短編小説は儲からない」
いずれも、agoraでなければ聞けなかった阿刀田先生の本音である。
長編小説を書くのと同じように頭の中で推敲し、そぎ落としたものを短編小説にしていく。しかし、長編と同じ労力を使っても、文字数で原稿料が決まっているので、短編はお金にならないそうだ。
最終回は阿刀田高先生の提案で「みんなでagoraをしよう」ということになった。先生には自ら「小説家阿刀田高」について語って頂き、参加者たちは今回の課題図書『サン・ジェルマン伯爵考』と、講座を受けた感想や思ったことを存分に語りあおうと。まさしく、古代ギリシアのagoraのように。
まずは、小説誕生のエピソードを聴くことから始まった。
今まで先生が書いてきた短編小説の数は約900編にものぼる。その中から自信作を20編選べと言われれば、小説『サン・ジェルマン伯爵考』は絶対に挙げるという。それぐらい思い入れの深い作品を講座の課題図書に選んでくれた。
「『サン・ジェルマン伯爵考』は、私が国立国会図書館に勤めていた時に生まれました」と、誕生秘話を明かす先生。ある時、岩波西洋人物事典をめくっていたら、「サン・ジェルマン伯爵」という文字が目に飛び込んできた。錬金術師だの、不老不死だの噂がある怪しい人物だということに興味を持ち、この人物の小説を書こうと思ったそうだ。
小説のアイディアというのは、単品では思い浮かばないという。頭に思い浮かんだことを、何か別の物ごとに結び付けて、新しい「何か」を生み出せる人こそが小説家だと強調した。先生は小説の創作を「考えがポンッと飛べること」と言う。しかし、この「ポンッ」は、いくら作家が言葉を駆使しても説明できるものではないもの。感覚でしかないそうだ。
とすると、サン・ジェルマン伯爵は何と結びついて、小説『サン・ジェルマン伯爵考』となったのだろうか。
意外や意外。
「年々歳歳花相似」(毎年花は同じように咲く)
「歳歳年々人不同」(毎年訪れる人は違う)
という、人の世の無常を劉希夷が詠んだ漢詩である。これを目にした時に、サン・ジェルマン伯爵と同じものを感じ、「不老不死」と結び付けて小説を書き始めたのだ。
そして、小説『サン・ジェルマン伯爵考』は、このようなストーリーになった。
主人公の相沢誠には、死んだ父と約束したことがある。
「再来年の11月26日午後8時に帝国ホテルのロビーへ行き、サン・ジェルマン伯爵に会って、不老不死の薬を受け取れ」と死ぬ間際の父に託されたのだった。
しかし、その日は妻の出産予定日。それでも、好奇心に勝てなかった。約束通りに行くとサン・ジェルマン伯爵がいた。
ロビーの壁には例の漢詩が飾ってある
「年々歳歳花相似」
「歳歳年々人不同」
伯爵はこれを指し、
「毎年花は同じように咲く」
「毎年同じような花が咲くが、でもそれは違う花」
正しくは「歳歳年々花不同」であると伯爵は誠に指摘する。
そして「不老不死」とは、薬ではなく思想(パンセ)であると言った。
「ならば、なぜ父にそのことを言わなかったのか」と誠。
「今日という日を待って伝えることに意味があった」と伯爵。
そこで、誠には病院から、赤ん坊が生まれたという電話が入る。戻ってみると伯爵は、もうそこにはいなかった。
という話である。
私はこの小説を「救い」と受け取った。人は誰でも死ぬのは怖い。しかし、考え方次第で人は永遠に生き続けることができるという「救い」である。人間が死んでも、外の世界から見れば人間も同じに見える。子孫を残すことで、それは「不老不死」になるということだと思った。
阿刀田先生は結論をあえて書いていないので、どう解釈しても良いという。結論を書いてない分、この講座で感想を聞けるのを楽しみにしていたと。
感想を語り合っていく中で、私は医師として働くIさんの言葉が印象に残った。今回の本は「不老不死」というモチーフを扱っており、医師という職業柄、深く人間の生死について考えさせられたという。
そして、Iさんはまた「短編小説の意義」についても語ってくれた。
ある時、病院内で患者さんに向けた朗読会が開かれた。病を患っていると、本を読みたくても自分の力では読めない方が多くいる。その中で短編小説の読み聞かせは大変喜ばれたという。Iさんは、今回、短編小説を学ぶことで、改めて「朗読の大切さ」について考えるきっかけになったと話した。
その感想を受けて阿刀田先生は、「朗読会をすると、お客さんの『あっ』という驚きの反応が、直に感じ取れて面白いんです」と、作者側からも朗読は価値のあることだと続けた。
歌手や舞台俳優なら、お客さんの反応を生で感じることができるが、小説家にはそれがないのだ。読後の感想を貰うことはあるが、本を読んでいる人の生の反応を感じることはできない。特に、阿刀田作品は読者が思わず「あっ」と言ってしまうどんでん返しがあるので、聞いている人の表情を見るのが、小説を書く上で勉強になるそうだ。
このように、学んだことを整理して、自分の言葉で感想や考えを述べることが『知的創造』に繋がっていく。教える側も、教えられる側も、語り合っていくうちに気づくこと、学ぶことがある。
作者に直接質問できるということで、参加者からは質問がいつもより多い。
Kさんからの「短編小説集の順番はどのように決めていますか?」という質問を受けて、「『二番打者最強説』を採用しています」と先生は答えた。この「二番打者最強説」は、先生も著書には書いていないことのようで、長年の阿刀田作品愛好家も思わず身を乗り出して聞きはじめていた。
「短編小説集には打順がある」と先生。2番目に1番面白い作品を持ってくる。そうすると、最初の1篇は、必ず読むので「面白いな」と読者は思う。そして、2番目に傑作を持ってくれば、読者は「もっと面白い」と思い、後は作者の意のままに最後まで読んでしまうということだ。書評家でも酷い人だと、最初の1篇しか読まずに評論を書く人もいるそうで、「二番打者最強説」は、書評家対策でもあるという。
小説家の考えは、その人の本を読むことで知ることができるが、このように自分の疑問に即座に答えてもらえるのは、対話型の良いところである。
そして、この対話式で進められていくagoraで講座を受け持ったからこそ、新刊の『アンブラッセ』が生まれたと、参加者たちが思わず喜んでしまう一言を先生から頂いた。
アンブラッセは、フランス語で「抱擁」の意味である。英語では“embrace”=(考えを)取り入れる と言う意味もあり、講座を通じた参加者たちとの意見の交換が、小説が生まれるきっかけとなったのは、皆嬉しいのではないかと感じた。
講座全体の感想を話している時に、『古事記』『ギリシア神話』『源氏物語』と、阿刀田先生の講座を続けて受講しているTさんは、「先生の講座に参加しなければ『アンブラッセ』に書いてあることは、理解できなかったと思う」と、改めて知識の重要さを感じたそうだ。「知っているからこそ楽しめた」と。そして、「先生が講座の中でお薦めする本は全部読んでみたいと思います」と語った。
Tさんのように、興味が派生していくのもまた『知的創造』である。
講座に参加する人たちは、小説が好きな人や、興味がある人、仕事に役立てたい人など、受講する目的はさまざまだ。しかし、意外にも普段は理系や数字関係の仕事をされている方が多い。超リピーターのHさん(本人曰くagoraに相当貢いでしまった人)もその一人だが、「講師の魅力はもちろんだが、参加しているメンバーの学習意欲が高いのが良い。ついつい貢いでしまう。」と言っていた。
今回の『短編小説と知的創造』でも、先生から学べたのはもちろんだが、参加メンバーからも沢山のことを教えて頂いた。阿刀田先生の講座に初めて参加したというKさんは、作家や作品の関連資料を毎回提供してくれた。おかげで、より知識を深め、独学では知りえなかった情報を手にすることができた。
私自身、短編小説を学ぶことが、どのような知的創造に繋がったかというと、「言葉を多く学び、そして使うことで、自分が考えられることの範囲が広くなった」と言えると全7回の講座を通して私は思った。
講座を受ける前までは、「短編小説を学ぶ」ということで、感性的なことや「人生とは」という哲学的なことを学べるのだろうと思っていたが、結果的には、言葉と、考えることだった。もちろん、小説を学ぶことが人間の生活にとって役に立つことは言うまでもない。
agoraでは講座を受けた後、1週間以内に感想と質問シートを完成させる。その1週間後には、阿刀田先生や参加者たちと対話をする形で授業が進められていった。インプットとアウトプットの作業が言葉で考えて、発信する『知的創造』的な作業であった。
最後には阿刀田先生から一人ずつ修了証が手渡され、拍手で全7回『短編小説と知的創造』が終了した。
が、まだ終わらない。
場所を変えて講座修了の打ち上げパーティーが始まった。サイン会と写真撮影会が催され、皆それぞれ『ナポレオン狂』や新刊の『アンブラッセ』に阿刀田先生直筆のサインを頂いた。小説家というと、気難しいイメージがあるが、阿刀田先生は写真もサインも喜んでしてくれる優しい人である。直接頼みづらい場合は、慶應MCCのスタッフの方に伝えると頼んで貰えるので安心だ。
講座のお礼として、参加者から先生にメッセージ入りワインが送られた。一人ずつ一言。シールに書いてワインボトルに貼ってのプレゼントだ。飲み終わった後に、間違っても捨てないでほしい一品である。
また、近く先生の新刊も発売されるということで、出版記念パーティーと同窓会として、講座の参加メンバーで、また集まることが決まった。こうして、講座終了後に参加者同士や講師との付き合いが続くのもまた、agoraの魅力である。
講座詳細: 『阿刀田高さんと楽しむ【短編小説と知的創造】』 講師:阿刀田高
ほり屋飯盛
1980年生まれ。小田嶋隆先生曰く底意地の悪い文章を書く人。文学好き。古典好き。たびたび登場する10歳下のT君に夢中。「夕学リフレクション」のレビューも執筆している。
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