2016年07月12日
『イノベーション思考』Session1-2
白澤 健志
Session1:イノベーションを起こす思考とは
人はみな、重力によって地上に縛りつけられている。でも日常生活であらためてそれを意識することはあまりない。同様に、私たちの思考もまた「現状」や「常識」といったものに強く縛りつけられている。が、通常、それを自覚することは難しい。
自らの思考を縛るものに気づくには、いちど重力圏の外に出てみるのがいちばんである。その跳躍‐Leap‐をもたらしてくれるのが、この『イノベーション思考』プログラムだ。
なんだか小難しい書き出しになってしまった。でも、講師の桑畑幸博氏が参加者を前に発した第一声は、こんな柔らかな言葉だった。
「私は、“Works are simulation and role playing games!” と思って仕事に取り組んでいます。この講座そのものもゲームと思って楽しんでいただきたい。楽しんで面白がることで、いいアイデアが出て、より身につきやすくなります。論より実践、まずはウォームアップ演習でイノベーション思考の効果を体感してください」
そう言って桑畑講師は、参加者をA・Bの2グループに分けた上で「お題」を提示した。
「アイスキャンデー『ガリガリ君』の使い方を、普通に食べる以外に、なるべく多く考えてください。制限時間は10分、その間に20個くらいは出せるでしょうかね」
各グループは自己紹介もそこそこに、ホワイトボードの前でディスカッションをはじめる。10分後、各グループのホワイトボードには20個前後のアイデアが並んだ。なんだ、これならただのブレーンストーミングじゃないか。
ここでそれぞれの発表に移るのか…と思いきや、桑畑講師の指示は違った。
「次に、その中で最も『笑える/跳んだ』ものを選び、その使い方が『最適/必要』な『場面/状況』を考えてください」
制限時間は5分。多少面喰らいながら議論をするうち、すぐに発表の時間となる。
Aグループは「歯を鍛える」というアイデアから、具体的には「虫歯チェックの道具にする」という使い方を案出。Bグループは「地域通貨にする」というアイデアから「氷河期の貨幣」という使い方を発表した。
実はこの「地域通貨」というアイデアは、私が出したものだ(ドヤ顔)。常識にとらわれない、もう十分跳んだ思考の持ち主なのかな、自分は。…と、ひとり悦に入る。
「Bは、さすがに氷河期というのは考えにくいが、例えば『ゲームのチップとして使う』というのなら現在でも十分にありえますね」
と桑畑講師がコメント。そして、
「これらのアイデアは、定番の『ロジカルシンキング』ではなかなか出てこないでしょう。かといって、単なる思いつきでいつも良いアイデアに辿りつけるとは限りません」
ドキリ。そうなのだ。自分では跳んだ発想ができるつもりだったが、それは単に「思いつき」で言っているだけ。私の思考はいつも行き当たりばったりで、よいアイデアが出るときもあるが、ダメな時はダメなのだ。先ほど独創的なアイデアを出したつもりで悦に入っていた自分が、途端に恥ずかしくてたまらなくなる。
「イノベーション思考は、次の二方向から、実現・解決すべき新たなテーマにアプローチします。
- もっと先の未来を想像する<時間的視野を広げる>(Leap into the future)
- 斬新・独創的なアイデアを発想する<空間的視野を広げる>(Leap into the originality)
ロジカルシンキングでは得られないアイデアに、システマティックな方法論で辿りつこうというのが、これから皆さんにお伝えしていくイノベーション思考なのです」
よし。ここから心を入れ替えて、跳んだ発想をシステマティックに獲得するスキルを、桑畑講師に学んでいこう。
このあと、セッションは、二つのアプローチそれぞれの試行演習に移った。後者の「Leap into the originality」演習では、「シニア向けのコンビニ」というお題に対し、「病院」というメタファーを用いて発想を跳ばす方法が採られた。
すると、いかにもありがち…なアイデアだけではなく、本当に突拍子もないもの、でも言われてみると確かにあり得るかもしれないもの、がいくつも出てきた。
「それは皆さんが、『シニア』や『コンビニ』というキーワードをいったん忘れて『病院』のことだけを考えたからです。これを専門用語で『アンカーを外す』と言います。その上で『シニア向けコンビニ』に戻って考えるから、面白いアイデアが出るのです」
このようにして、跳躍感に満ちた全6回のプログラムは、錨を上げて茫洋とした大海原へと漕ぎ出していった。
Session2:不確実な未来を描く
初回からちょうど一週間。今日からはイノベーション思考の各ステップに入っていく。
前回の内容を簡潔におさらいしたあと、桑畑講師は、本日の主題である “Leap into the future”、つまり未来に跳躍するための「シナリオプランニング」について話し始めた。
シナリオプランニングとは「想定外を減らし、事前に対策を検討する」ツールである。
人は、無意識に「現在のトレンドが今後も継続する」と考えがちだ。企業の中期計画が、短期戦略を積み重ねただけの「数値目標」になりやすいのはこのためである。これでは想定外の事態にはとても対応できない。では、想定外を想定内にするにはどうすればよいのか。
そこで登場するのがシナリオプランニングだ。そのステップは次の4つからなる。
- 自分達を取り巻く環境をファクトベースで網羅的に洗い出し、認識する
- 「影響度」と「不確実性」の観点からドライビング・フォース(DF)を選択する
- インフルエンス・ダイアグラム(ID)を用いてシナリオを描く
- 様々な未来のシナリオから実現/解決すべき課題の候補を考える
「風が吹く」と「桶屋が儲かる」の間には確固たるロジックがあるが、確率の低い方へ低い方へと辿っているため結論(桶屋が儲かる)は意外なものになる。だから笑い話になる。
「では、逆に風が吹かなかったら何屋が儲かるのか?」
桑畑講師が投げかけた意外なフリに、AとBのグループに分けられた参加者は、それぞれの妄想力を生かした展開をホワイトボードに記していく。
結論はAが「酒屋が儲かる」、Bが「大工が儲かる」となった。同じ出発点から、2つのグループは全く異なる結論に至った。何かの転がる方向がほんの少し違っただけで、全く異なる未来が見えてくる。これは言い換えれば、想定外が想定内になるということである。未来を想像し想定内を拡げる、それが “Leap into the future” の意義である。
この流れのまま、本日のメインテーマである「シナリオプランニング」演習に入る。
お題は、芸能プロダクション「J事務所」のまだ見ぬビジネス。もちろん参加者に業界人はひとりもいない。
まずは外部環境の分析。続いて、立場と目的を決めてDFを特定する。
今回は「立場:テレビ局」「目的:J事務所を使って儲ける」とした上で、最も不確実性の高いDFを1つ選んだ。そしてシナリオの構築に移る。連想を「→」つないでどんどん書いていく。
そのようにして最後に到達したいくつかのシナリオのひとつが、「J事務所と連係して、将来のアイドル候補を片端から取材し、彼らのデビュー前映像を大量に蓄積しておく」というもの。確かに、これはまだ実現されていない、しかし可能性としてはありえるアイデアだ。
そのアイデアの質(レベル)はともかくとして、今までなかった架空の未来を想像できたことは、なんだかうれしい。それが自分一人の感想でないことは、参加者同士の盛り上がりからわかる。
自分の手持ちの情報と、そこからの想像だけでも、いろいろなことが考えられる。グループで考えるとさらに思いもかけない展開があり、驚かされる。
考えることが、こんなにも面白かったとは。
この日の最後に、桑畑講師から宿題が言い渡された。
「今日のやり方で、自分自身が持っている課題を検討すること」
その意味するところは、次回にご紹介する。
白澤 健志(しらさわ・たけし)
1969年東京都生まれ。会社員。夕学リフレクションでは、金井真介氏、甲野善紀氏、土井香苗氏、紗幸氏、武田双雲氏、西村佳哲氏、中村和彦氏、遠藤功氏、松本晃氏、川村隆氏、他多数のレビューを担当。
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