KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

学びの体験記

2007年10月09日

「学びについて学ぶ」留学とキャリア

藤本 徹
ペンシルバニア州立大学大学院博士課程

私は、ペンシルバニア州立大学の大学院で教授システム学(Instructional Systems)を学んでいます。ペンシルバニア州は米国の北東部にあり、桑田投手が在籍したパイレーツのあるピッツバーグ市と、井口選手が在籍するフィリーズのあるフィラデルフィア市のちょうど中間辺りに位置する、ステートカレッジという(とても田舎の)大学街に大学のキャンパスがあります。2002年夏にこの街に移り住んで、早くも5年が経ちました。


教授システム学というのは、教育講座の設計や教材の開発などの「学ぶ仕組みづくり」を体系的に行うための専門分野です。インストラクショナルデザイナーを養成する大学院プログラムだと言った方がわかりやすいかもしれません。当時インストラクショナルデザインという呼び方も教育分野では少しずつ広まっていましたが、一般にはほとんど普及してない分野(今も普及してませんが)でした。私が留学する以前には、日本でこの分野を専門的に学ぶ場はほとんどありませんでした(最近は、熊本大学に教授システム学専攻の大学院プログラムが開設されるなど、この分野の専門家を育てる場も少しずつ提供されてきたのは嬉しいことです)。
この分野に進もうと考えたのは、私の日本での社会人としての学びとキャリアが影響しています。留学する前、実は私は慶應MCCの設立準備期からのスタッフとして、慶應MCCの講座の企画や運営を担当していました。どんな分野でも、新しいものをイチから立ち上げる仕事は貴重な学びと成長の機会だと思いますが、私にとっての慶應MCCでの1年半は、私自身の成長を加速した時間となりました。慶應MCCが提供する、人の学びを支援する仕事は、私にはどんな仕事よりも好きで向いていると思いました。そしてこの仕事を将来もっと発展させて、今までにない学びの場を作りたいという気持ちで、そのための専門知識を身につけるために留学しようと思い立ちました。
最初は修士の2年間の予定でしたが、運よく博士課程に移れることになり、現在に至る長期留学となりました。日本で貯めていった留学資金はすぐに尽きてしまいましたが、幸い学部の助手として雇ってもらえたおかげでこれまで何とか食いつなぐことができました(私も行った後に知りましたが、米国の大学院には授業料免除+少額の給料で大学院生を雇う制度があるので、ビジネススクールやロースクールなどを除けば、自己資金が少なくても長期留学できるチャンスは結構あります)。
大学院という学びの場から得られるものは、そこで学ぶ知識よりも、むしろそこで出会う教授陣や同僚の大学院生たちとの交流にありました。教育者としても研究者としても優れた教授たちは、自身のあるべき姿を考える上でのロールモデルとなり、優れた学びの場を生み出すためには不可欠な、充実した学びを経験する機会を与えてくれました。
社会人の学びはスピードや効率が重視されがちですが、学習したことが熟成して新たな気づきを生むまで時間がかかることもあります。また、キャリアの過程には自分の考え方に影響を与えるさまざまな出会いがあります。スピード重視だけで突き進んでいると、そのような出会いのタイミングを見落としてしまうこともあるかもしれません。
私の場合、学びの場と学びそのものが研究の対象であり、キャリアを考える上での軸となりました。留学したおかげで、学びについて徹底的に考えることができ、考えを深めるための思考の枠組や道具を得ることができました。そして、その期間が長くなればなるほど得るものが広がっていき、腰を据えて学ぶことにしたおかげで、当初予定の2年では到底得られなかった自分のテーマに出会うことができました。
留学2年目が終わりを迎える頃、コンピュータゲームを教育や社会的な問題解決に利用する「シリアスゲーム」を推進する人々と出会う機会を得ました。欧米では、学校や企業内教育だけでなく、医療分野や社会変革などにもゲームを利用するという取り組みに関心が高まっており、その取り組みは「シリアスゲーム」と呼ばれ、ここ数年で一つの市場を形成してきています。
欧米のシリアスゲーム推進者たちとの連携を取るようになり、2004年5月からシリアスゲームを日本で展開するためのコミュニティ「シリアスゲームジャパン(http://anotherway.jp/seriousgamesjapan/)」を立ち上げ、欧米での事例を紹介しながら、日本で関心を持つ人々の交流の場を提供してきました。その活動により、日本でもゲーム業界を中心に徐々に関心が高まり、まだ大学院在籍中の身ながら、今年の2月にシリアスゲームの概念と事例をまとめた解説書「シリアスゲーム―教育・社会に役立つデジタルゲーム」(東京電機大学出版局、2007)、子どもたちへのテレビゲームの有益な面を肯定的に論じた訳書「テレビゲーム教育論―ママ!ジャマしないでよ勉強してるんだから」(マーク・プレンスキー著、東京電機大学出版局、2007)を7月に上梓することができました。現在は、国内の大学や企業から講演や研修の機会をいただきつつ、博士論文研究として、オンラインゲームを利用した授業デザインの研究を進めているところです。
「よりよい学びの場を生み出す」というテーマのもと、「インストラクショナルデザイン」を学び、「シリアスゲーム」と出会ったことで、私のキャリアの歩みは留学以前にはまるで想像できなかった方向に向いてきました。あまり詳しく説明しても長くなりますので、今回は簡単にご紹介させていただきました。私の留学後のキャリアについては、今まさにキャリアの節目にあって現在進行形で展開中ですので、その後のことはまたいずれご紹介する機会があれば幸いです。

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