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知的基盤能力 マスタリーコースを終えて

2011年02月08日

時崎 大介

30代は薄曇り

「仕事の方は、まぁボチボチやってるよ」
30代になり、サラリーマン生活も10年近くになると、同窓会での近況報告は、判を押したようにこんな会話で始まるようになる。
20代の頃は、「昨日も徹夜で大変だよ」と言いながらも、結構楽しそうに仕事の話をする奴がいたものだが、そういう話はめっきり減ってくる。別に、仕事が急につまらなくなった訳ではない。むしろ、話を聞けば、みんなそれなりに苦労しながらも頑張っている。でも、仕事の話になると何となく漂うのは、「良く分からないけどこの先どうしようかな。とりあえずこのまま行くのかな。でも・・・」というモヤモヤ感である。


20代の仕事は、真っ暗闇を手探りしながら突き進み、それが故に悩むこともなかったのかもしれない(逆に真っ暗闇なので「自分探し」に悩む人もいるかもしれない)。けれど、30代になり、真っ暗闇から何となく見えてきたところで、「自分探し」とも違う、もう少し地に足の着いた今後の道をみんな考えているのだと思う。

政治や経済で、明るい見通しはあまり聞かない。本屋に行けば、そんな時代だからこそ、頑張って力をつけようとか、自分の道を切り開こうなどという本で溢れている。きっとそうなのだと思うけれど、どうも、雲を掴むような感がある。

私が、慶應MCCにてマスタリーコースを受講したのも、そんな、薄曇りで視界不良な将来の道に対して、ヒントが掴めるかもしれないという淡い期待があったというのが、正直なところである。

働きながら学んだこと

働きながら通学するというのは、やはり、大変なことである。18時半に教室に駆けつけた時点で、半分くらい魂が抜けたような状態の時もあった。しかしそこから、講義だけでなく、課題の発表やグループワークが始まり、その日のテーマについて一気に駆け上がる。学生時代の勉強とは訳が違うのである。

当然の事ながら、毎回のセッションで、いくつかの学びがあった。ケーススタディが多いため、具体的なビジネス状況をイメージし、自身の仕事に置き換えて考えたりしながら、クラスメートとディスカッションし、「なるほど、そういうことか」と思える瞬間に至ることがある。それは、働きながら通学勉強するということの醍醐味である。

もともと、学生時代から、勉強することは、嫌いな方ではなかった。いろいろな知識を動員して、正解にたどり着くことは、むしろ結構楽しかったし、そのためにまた知識を身につけたりした。しかし、ビジネスの世界に正解はない。その時その時の状況や制約に応じて、最適と思われる意思決定があり、それを如何にして実行するか、という点が問われる。

よく、経営はヒト・モノ・カネだと言われる。しかし、ヒト・モノ・カネについての知識を身につければ、最適な意思決定とその実行ができるかというと、決してそうではない。そのビジネスに関わる全ての人たちの思いや執念が重なり合い、初めて見えてくる。そのことを痛感した。

ヒントは日々の仕事の中にある

「分かっちゃいるけど・・・」ということは、毎日の生活でもよくあることである。
日本経済、日本企業にとって、グローバル化とか成長戦略とかが必要だと言われて久しいが、これも、「分かっちゃいるけど・・・」なのかもしれない。ビジネスの世界でもそういうことは多い。難しい理屈や、教科書に書いてあるような標語を並べたところで、大抵は、気づくと、「絵に描いた餅」になっている。

分かることは、大事なスタートに違いない。しかし、当たり前のことだが、頭で分かっていることと、実際に意思決定して行動することの間には、大きな差がある。その差は、単に知識の問題ではなく、個人個人の思いの問題であり、それらの思いが人から人へと感染することで、単なる絵に描いた餅が、実行に移され、その実行の試行錯誤が、結果的に行くべき道を示す。
冒頭触れたように、私は、ビジネスの勉強をすれば(分かれば)、薄曇りの道の先にあるヒントが掴めるかもしれないと思っていた。

しかし、それは間違いであった。ヒントは、日々の仕事の中にしかなく、それがヒントだと気づき、行動に移し、試行錯誤できるかどうかが、今回学んだことが、自分のものになっているかが問われているのだと思う。

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